十字架の街 1

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   十字架の街 1



  今までも君には何通も手紙を書いたね。君は今、どこにいるんだい? 研究は進んでいるかい? また僕と同じで旅に出てるのかな。でもまあ手紙は、僕らの下宿に送っているから、きっと君に届くと思う。
 今回、僕はまた新しい街に来た。本当は通りすぎるはずだったのだけれど、馬車の窓から街のようすを眺めていたら、この街のとても興味の引かれる情景に、滞在してみたいと言う気持ちになって、気づいたら馬車から降りてしまっていたんだ。
 さっそく旅館・・・まかない付きの下宿みたいな宿だけどね・・・に泊まって、この街のようすを観察していたのだけれど、君に知らせたいようなおもしろいことをたくさん知ることができたよ。
 まず、僕がこの街に馬車で通りかかった時のことから話そう。だって、あの時だんだんとこの街に近づいている時に、僕はこの街のようすに引かれたのだから。
 最初にこの街を遠くから目にした時、とがった屋根や円柱の塔のてっぺんに、何か小さな十字架のような物が突き刺さっているように見えたんだ。どの家にも。金持ちの屋敷や館から、貧乏人の板を立てかけて作ってあるような小屋にまですぺて。
 思わず御者に、あの屋根に刺さっているのは何だい?と、たずねてみたら、つるぎだと言う。つるぎだよ?
 街にどんどん近づいてゆくにつれて次第に、それらのつるぎのようすが、はっきりと見えるようになってくると、屋根に突き立てられているつるぎは立派な装飾がほどこされているものが多く、屋根や塔の一番高い部分に突き刺してあることがわかってきたんだ。
そして、もっとよくよく見ていると、屋根に刺さっているつるぎは、どれも違うものかと思っていたら、中には同じデザインのものもあった。
 君は、つるぎが屋根と塔に突き立てられている状況と言うのを思い浮かぺることができるかい? まるで十字架なんだよ。
 そう。あの教会の屋根の上に飾られている十字架に、そっくりなんだよ。
 この街のある国は宗教が違うから、教会なんてないし十字架を飾る習慣もない。でも僕は一瞬、教会だらけの街かと思って、びっくりしてしまったぐらいだ。
 街の図書館で調ぺてみたり、下宿の女将や御者から聞いたところによれば、この街には古くから、屋根の上でつるぎを使った勝負をして、勝った方のつるぎを決闘場となった屋根に刺して勝利者を示すと言う風習があったらしいんだ。興味深いだろ?
 最初は、人の家の屋根を勝手に使って決闘が行われていたみたいなんだけれど、しだいに決闘を行う屋根の下の家が誰に、つまりどの支配者に所属するかを決める時に決闘が用いられるようになったらしい。
 そうなってくると支配者の威厳を示すためにも、屋根や塔に刺すつるぎは、意匠を凝らした凝ったものになり、屋根に突き刺さる紋章とでも呼ぱれる存在に変わった。そしてさらに屋根の形も、つるぎを目立たせるために、とがった部分が作られるようになっていったんだそうだ。
 一時などは、街中の屋根と言う屋根すべてに、同じデザインのつるぎが突き立てられたと言う壮観な眺めの時代もあったらしい。だけど僕が訪れた時には、それぞれの家が自分たち一族に伝わってきたデザインのつるぎを刺していて、いろいろと楽しむことができたよ。
 街の案内人の中には、どのデザインには、どんな言われがあって、どんな血族とつながりがあるか、なんてことを説明する者までいるんだ。どこまで本当かはわからないけれどね。僕も何度か案内人の説明を聞いたけれど、なかなか興味深いものがあったよ。研究ではなく雰囲気を楽しむのには、案内人の語る歴史が本当だろうが嘘だろうが、だまされて見るのも悪くないね。
 特に中世に、この街を二分したルガル・ディー家とモルタ・ルージュ家の戦いは、今でも人々の語り草になっているんだ。両家の紋章は、ルガル・ディー家が銀色の三日月に刺さる金色の矢で、モルタ・ルージュ家の場合には黄色い薔薇が、つるぎの柄の部分に彫り込まれているんだ。
 確かに屋根に刺さっているつるぎの中には、そういう物が彫り込まれているのを見ることができる場合もある。
 人々の自慢は我が家の屋根で、これこれの決闘が行われた、とか言うたぐいのものなんだよ。両家が争っていた当時、街の屋根に刺さっていた、つるぎの数が五分五分となったころの接戦の話は、街中の屋根が舞台になっていて演劇にもなっているよ。
 どうだい? 君もこの街を見てみたくならないかい?
 しかも、屋根につるぎを刺す決闘は、現在も行われていると言うんだ。もっとも回数は少ないから、見られる機会は運が良くないと出会えない。けれど僕は滞在中に、何度か決闘を見る機会があったんだ。運が相当いいらしい。うらやましいだろ?
 古びてぼろではあるけれど、掃除がゆきとどいて清潔で安い下宿旅館を見つけることができたのも、運がよかったんだけどね。そうでなければ、この街に長い間、滞在することはできなかっただろうから。
 そうだ。この下宿旅舘で、同じ下宿旅館に滞在している気のいい男と知り合いになったんだ。トランヴァルト。通称トランと言って、滞在中街のことをいろいろと教えてくれたんだ。
 トランは、街の情報誌、と言っても特ダネ新聞のようなものだけれど、の記事を書く仕事をしているらしい。だからいろいろなことに詳しかったんだな。決闘がどこで何時あると言う情報も、ほとんどがトランに教えてもらったものだったんだ。
 そろそろ、僕が見た決闘のようすを君に知らせるとしよう。あんまりじらすと、君に悪いからね。

   連載第2回へと続く