十字架の街 3

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   十字架の街 3



 赤黒い髪のがっしりとした男と、明るい薄茶色のさらさらとした髪の、ほっそりとした体つきの男だった。赤黒い髪の男は濃い青色の軍服のような服を着ており、明るい薄茶色の髪をした男の方は、抑えた薄緑色の簡素で上品な服を着ていた。ひどく対照的な二人連れだったが違和感はなく、二人が並んでいる雰囲気は、ひとつにとけあっていた。
 商人でも農民でもないと一目でわかる。学生か、あるいは貴族だろうか。それとも富裕階級の気楽な身分の息子か。
 そんなことを二人を眺めながら考えていたら、ふいに二人と視線が会ってしまったんだよ。ちょっと慌てたけれど、僕がにこっと笑うと、
 「ふうん、旅行者かい?」
 明るい簿茶色の髪をした細身の男の方が、いたずらっぽい笑みを浮かべながら、近づいてきた。その視線の先には、僕の食ぺかけのお菓子皿があった。興味があるのかと思い、僕はお菓子の説明をした。
 「モルブランさ。この街の名物だろ? おいしいお菓子だね。気にいったよ」
 僕は実際に気にいっていた。栗をクリーム状にし、細い紐をぐるぐるとスポンジに巻き付けるように盛り上げて、黄色い一輪の薔薇のように見せているケーキを指さしながら答えた。
 「そのお菓子の由来を知ってるかい?」
 「モルプランの? さあ」
 「モルタ・ルージュ家の紋章である黄色い薔薇に似せて作っているからさ」
 細身の男は、おもしろそうに、くすりと笑った。その拍子に少し長めの薄茶色の髪が揺れ、耳に小さな黄色い薔薇の耳飾りが目立たないように付けられているのが見えた。
 「君、モルタ・ルージュ家の人?」
 僕は、とっさに思いついて、そうたずね返してみた。
 「トラヴィス・モルタ・ルージュです。よろしく」
 彼は穏やかで上品な微笑と共に、そう答えた。
 一方、その隣でずっと黙って立っていた赤黒い髪の大男は、堂々とした態度で一見怖そうに感じていたが、話してみると気さくで、にっと笑って自己紹介をした。
 「ドラクール・ルガル・ディーだ。よろしく」
 その耳には、右に銀色の月の耳飾りが、左に金色の矢の耳飾りが揺れていた。
 これが僕とトラヴィスことヴィスと、ドラクールこと通称ドクとの出会いなんだ。僕らはすぐに意気投合した。
 ちなみにルガル・ディー家にちなんだお菓子も、ちゃんと存在するんだよ。溶かして半透明にした砂糖で作った三日月に、矢の形のチョコレートを金箔でおおったものをくっつけたお菓子なんだけど、これはとにかくあまいんだ。だから人気がないんだよね。最後まで食べられないお菓子だとまで言われている。食べるのは、観光客ぐらいだよ。しかもだまされて。ちなみに僕もだまされたくちさ。
 さて話をもとに戻そう。
 ヴィスとドクの家は、いまだに富裕階級に属していた。昔のように、この街を両家で買い占めてはいないけれど、他の地に領地を持っているらしかった。
 二人は、この街に学生として来ているのだと言った。僕は知らなかったのだけれど、この街は隠れた図書館として有名なんだそうだ。知ってたかい? 古代から中世にいたるまでのあらゆる稀書、貴書から雑書にいたるまで、とにかく書物がまるで投げ捨てられるように、この街の官殿の地下大書庫に放り込まれたらしい。魅力的な話だろう?
 ただし未整理で、書庫に入ることができるのは、つてがある者だけに限られているのだそうだ。だからほとんど無名なんだな。僕は二人に頼み込んで、書庫に入れてもらうことに成功した。
 見るだけで壮観だよ。たとえ目的の幻と呼ばれる書物が見つからなかったとしてもね。 本と言うのは、ただ見ているだけで圧倒されるね。それも数が多いとなおさら、その効果が増すみたいだよ。でもまあ、何日か通い続けるうちに、僕が知らなかった情報をいくつか発見することができて、これは大きな喜びだった。君に会えたら知らせるよ。
 二人は、この書庫で出会ったそうだよ。両家は今も仲が良くないそうだ。まあ、もっとも領地が離れてからは、顔を会わす機会が少ないから問題はないそうだと言ってはいたけれど。二人は家の過去のいきさつは、気にかけていないようだった。
 彼ら二人は、とても博学で、魅力的な語り口をしていた。確かな知識と分析に基づいた情報を、教養を交え、時にはユーモアあふれる語りで披露してくれ、僕は二人と話すのがとても楽しくてしかたがなかった。こんなにも楽しい時聞を過ごすことができたのは、ひさしぶりだった。
 ドクは頼りがいのある面倒みのいい性分だし、ヴィスは困っている時には手を差し伸ぺてくれる優しい、ときにはあますぎる性格をしていた。つまりお人好しなんだ。
 僕は彼ら二人が、すっかり好きになってしまって、ひんぱんに押しかけるようになったのだけれど、二人とも嫌な顔一つせずに僕を仲問に加えてくれた。三人で街を歩きながら話したり、書庫でそれぞれ探し物をしたりして、お昼になると街のあちこちにあるカフェで軽めの昼食を取りながら、いろいろと議論をして過ごしたりした。そうして夜になると食堂で夕食を取り、あるいは二人の下宿で夜遅くまで歓談したものだ。
 休日には郊外の森や湖まで遠出して景色や空気を楽しみ、湖畔に建つ誰かの屋敷を見ながら木蔭で昼寝をしたり、気候のいい時分には戸外で昼食を取ったり、二人が街の観光案内をしてくれたりした。
 こういう時間は、ささやかだけれど、何物にもかえがたい貴重なものだね。君と過ごした学生時代も、こんな感じだったよ。
 そんなある日のことだ。


   連載第4回へと続く