机上旅行

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机上旅行


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 見知らぬ街のすてきなお店。レストラン。おいしそうなケーキ。思わず目を引く小者たち。そんなものの写真を見るのが昔から好きだった。街の特集がのっていると、ついついその雑誌を買ってしまうのだった。

 まず最初は色々な種類のガイドブックを見ることだった。行ってみたいお店。見てみたい美術館や宮殿。ページをめくるたびに、そんな魅力的なものが次々と現れる。
 それから場所を確かめたくて地図を見た。
 次には、この通りにはどんなお店があるのかと、お店の写真を見ながら確認した。どうじにそれぞれが個性的で芸術的なお店の外見も気に入って、写真を集めだした。そのうち内装も気になりはじめて、内部の写真も集めだした。
 美術館や宮殿の場合も、内部の地図を自分なりに作ったりした。この壁にはこの絵が飾られていて、この場所にはこの彫刻が置いてあって、この窓はこういうデザインのステンドグラスになっていると言うことを調べて内部の様子をすべて把握した。
 これらはすべて雑誌やガイドブックの切り抜きだった。最初は地区ごとに資料を整理してファイルに綴じておいた。けれど、だんだんと資料が増えるにつれ、訳が分からなくなってしまったので、お店の名前をアルファベット順に並べなおした。そして地図には店名をすべて書き込んでおく。これでいつでも目的の資料を取り出せるようになった。
 宮殿と美術館はそれぞれ独立のファイルに綴じ、同じようにアルファベット順に整頓した。ファイルの数は増えてしまったが、宮殿と美術館、博物館はこの方法でほとんど完璧だった。


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 けれど、そのうちある通りを歩いているつもりになって地図をたどっている時に、その通りにあるお店の写真をすぐに次々と見ることができたら、ウインドーショッピングのような感覚でいいのではないかと思いつき、通りの名前で索引を作った。ある通りの名前を引くと、その通りにあるお店が見られるように資料を整理しなおしたのだ。すべての通りに名前がついているこの街でならではの方法だ。
 この方法は、かなり快適だった。いちいちお店の写真を取り出さなくていいから、とてもいい。探り当てた箇所のページをゆっくりとめくってゆくだけで、次々とあざやかなカラー写真のお店が姿を現し、時には内部の写真もあったりして、本当に旅行している気分にひたれる。
 けれどそのうち、お店のすてきな外見や、ちょっとした内装を知るだけでは満足できなくなってきた。店内の様子がもっとくわしく知りたくなってきたのだ。けれど美術館や宮殿のように内部の地図などはない。だから店内のようすを、雑誌やガイドブックの片隅に使われているような小さな写真から捜し出した。これは推理力が必要な行為だ。入口と内部の写真が二枚ある。その二枚が、どのような配置になっているのか、窓や棚の位置、床の模様や壁の様子、飾られている商品などを見比べながら推測するのだ。
 けれど、そのかいあってか、気に入ったお店の中を写真を見ながら空想の中で歩き回ることができるようになった。
 そうこうして資料を集めているうちに、お店で売っている品物をすべて知りたくなってくる。どうしようもない。これまでもお店の紹介記事の中では、二~三の服や靴、小物やメニューの一部などはお店の資料のついでとして集めていたが、すべて知りたくなってきてしまったのだ。けれど、そんなものは中々集まらない。調べるのも難しい。その街に関する記事がのっていれば、必ず買ってチェックするようになった。壁紙や窓に反射している景色を参考にして推測するのだ。まるで探偵か学者だ。
 季節限定商品まで今は知っている。この唐草模様をあしらった銀のペンダントは、ある年に売られていた限定商品だ。写真を手にとっては、チョコレエト・ケーキを食べた気になる。どんなにあまい味だろう。写真を見ながら想像すると、必ずおいしい味がする。いつも礼儀正しい蝶ネクタイのギャルソンが、足首までとどく長い真っ白なエプロンを細い腰に巻いて出迎えてくれる教会通りのカフエ。常連客として店内の席に座ってもいいし、路上に置かれた椅子に座って道行く人々を眺めてもいい。静かな通りにある、魅力的なマダムがお茶を入れてくれるおいしい家庭料理のお店。腕のいいコックの旦那さんと二人で開いたそうだ。いかにも働くことが楽しそうに笑う。

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 たまには気に入らないデザインの商品を見つけてしまうこともある。そんな気に入らない商品の写真はなかったことにして捨ててしまった。お店の写真だけは資料として取ってあるが。そうしないとそのお店の部分が空白になってしまうからだ。
 すべてを集めたいけれど、見るたびにむかむかするような写真は見たくない。気分が悪くなる。それに気に入らない資料は捨ててしまえば、もっとすてきな資料を入れるスペースが作れる。
 通りによって違う石畳の模様まで知っている。今日は波を描いている石畳の上を歩いて散策。この通りにはマロニエの並木が植えられている。ぶらりと古本屋に入ってみたり、まるで芸術品のような優美な小物たちをガラス越しに覗いてみたり、高級なレストランで昼食を取りながら川を眺めたり、オープンカフェで休みがてら新聞を読んでみたり、公園のベンチに座って噴水を眺めたり、チェスをしている人を見たり、最近話題の買ったばかりのクリームたっぷりのワッフルを食べながら気の向くままに歩き続けたり、そんな散歩をどんどんと続けることができる。
 もちろん今日の天気は穏やかな日和の晴れに決まっている。建物が迫るように立ち並んで、狭い通りが迷路のような入り組んでいる通りを、ゆっくりと楽しみながらあわてずに登ってゆくと、ふいに視界が開けて異国風の白亜の宮殿が現れ、しばし立ち止まり感動をゆっくりと味わう。まるで時がとまったかのような・・・
 宮殿の門前では似顔絵描きたちが、自分たちの作品を並べている。いろいろな楽しい大道芸もあちこちで披露されていて目移りしてしまう。ピエロにミイラ男。王子にお姫様。魔女もいれば、魔術士もいる。今日は林檎男までいる。何をするのだろう。
 こんな風に、細かなものまで次々と集めているうちに、資料はどんどんと膨らんでいった。書斎だけでなく家中が、この街のあらゆるお店や、お店で売っている商品の写真であふれかえっている。まるで街そのもののようだ。

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 いつか行ってみたいと思いながら資料を集めはじめたはずなのに、今は何故だか行く気がしない。こうして集めた資料を使いながら、架空の街と化した、この地図上の街を散歩しているのが気に入ってしまっているのだ。この資料によって作り上げた街の方が私にとっては、ずっと魅力的になってしまっているのだ。すべて、すてきなものばかりで作り上げられている。この推測と想像と資料で作り上げられた世界を破壊したくはないのだ。旅行者と言うよりも、この街の創造者に近くなってしまった。
 だから旅行は別の街へ行く。
 この街は、衰退も時も越えて、私の家の中にいつも心地よく存在するのだから。


          終わり