旅行案内

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旅行案内




 街を歩いていたら、急に旅に出たくなったので、旅行会社に寄って見た。
 今、私はどこに行きたいのだろう? 何となくどこかに行きたいと感じるままに足を運んでみたけれど・・・
 あれこれ、旅行を誘うパンフレットの美しい写真を見ているうちに、「華麗なるフランス紀行」を言うパンフレットの文字に目がとまる。海上に浮かぶ有名な寺院が、二色刷で印刷されている。
 私は、それを手に取り、家に連れて帰った。

 夜。
 夕食も済まし、紅茶を片手にパンフレットに目を通して見る。

 1日目・・・城壁に囲まれた都市に残る古代の橋や法王庁をめぐります。
 2日目・・・貴婦人の城と呼ばれる華麗なる宮殿を見学。
 3日目・・・中世の頃から巡礼の地として栄えてきた、海上に浮かぶ僧院へご案内。
 4日目・・・中世の街並みが残る寺院の散策。
 5日目・・・地中海の眺めがすばらしい美しい修道院などを訪れます。
 6日目・・・高級リゾート地にて、大公宮殿を観光します。
 7日目・・・パリを代表する見所をご案内します。セーヌ川クルーズも楽しめます。

 1日目には名物のクレープ、3日目の港町ではエスカルゴを、4日目は中世の宮廷料理を御賞味いただけます。

 日程に目を通して見る。フランスの有名な観光地が、かなり網羅してある。
フランス横断縦断の旅だ。詰まり過ぎるほどに予定がつまっている。けれども、こうして眺める分には、充実していてちょうどいい具合だ。
 そう。
 文字を追って眺めているだけで、旅情を感じさせてくれる。
 いいではないか。
 古代の橋? 法王庁? 見てみたいではないか。灰色の石造りなのか、白亜の大理石なのか・・・想像力を掻き立てられる言葉だ。
 貴婦人の城だって? きっと華麗で繊細な装飾が、ほどこされている優雅な外見をしているのだろう。
 巡礼の地、だなんて、言葉がいいではないか。海上に浮かぶ寺院とは、パンフレットの表紙を飾っている写真の壮麗な城砦のような外見の建物のことだろう。
 中世の街並みなんて、歩いてみたいではないか。馬に乗った騎士はいないだろうが、建物は見てみたい気がする。
 地中海のすばらしい眺め! 一度、青い蒼い碧い海だと言う地中海を見てみたかったのだ! 底抜けに青く澄んでいると言う海の色は、どんな色をしているのだろう。
 高級リゾート地で、のんびりと過ごしてもみたいし。社交界のパーティで、踊ってもみたい。華やかな貴族の世界を覗き見てもみたい。
 パリを代表する見所も、全部案内してくれるなんて! それにセーヌ川のクルーズなんて雰囲気がいいではないか。
 それから食事!
 名物のクレープだって?
 温かな卵色のクレープの感触を指先に想像してみる。クレープのあまい匂いを感じる。そっと鼻で吸い込むと、ほんのりとこうばしい香りがしてくる。
 それに、フランスに来たら、やっぱりエスカルゴを一回くらい食べて見なければ!
 セーヌ川クルーズと言う文字を見れば、船上で感じるやさしい風に、吹かれているような感覚におちいる。
 想像するだけで、うっとりと私の意識は、その都市へと、その場所へと飛んでゆく。
 何も妨害するものはない。
 連れの心配も、お金の心配も、言葉の心配も、天気の心配も、人ごみの心配も、休館日の心配も、そして季節に悩む心配もいらない。ツアー旅行だと書かれているけれど、私は一人で自由に旅の風景の中にいる。
 私はただ、行きたい場所に行くだけだ。
 夏の地中海で泳ぎ、秋のパリの並木道を歩き、春の花々に囲まれた宮殿の庭園を散策する。

 書架から、地図を取り出して広げて見た。
 一つづつ、都市をたどってみる。
 中央から北へ、東へまわって、南へ下り、西へ移動して、ふたたび北へ・・・
 指で都市名をたどりながら、なるほど。こういう風に移動するのかと納得してみたり。

 ガイドブックで、僧院や寺院の写真を探し当て、見てみたりもする。
 ますます、いいではないか!
 異国の、文明の、文化の違う地の宮殿様式は、どれもこれも、心惹かれるものばかり。一度は見てみたくなる。行ったことがあれば、たいしたことないと興味がないかも知れないけれど、私はまだ行ってないし、見たこともないのだから、想像は大きく膨らむ。
 きっと、大きな湖畔には霧がうっすらとかかっていて・・・詩人が幽閉されていたと言う城は、かなり頑丈で大きな城のはずだ。
 人ごみも俗世もなく・・・質素な僧服に身を包んだ巡礼者たちが、ひっそりと歩いている石畳の町の風景は、無声映画のように音もなく・・・

 私は、旅の世界を思う存分、堪能する。

 この夢想の、意識の旅は、誰にでも出かけられるものではないが、しばしば現実の旅よりもすばらしく・・・心の中に充実した旅の、世界の印象を作ってくれる。

 今日も、すばらしい旅の世界へと行こう。
 まだ、行ったことのない世界への旅を。

    終わり


 (解説)
 すばらしい旅の世界の案内へ、ようこそ。
 このすばらしいフランスへの旅行案内を、異国の地で読んだ時、私は即座に、同じ世界へ旅している人物の文章だと感じた。
 残念ながら、この旅は誰にでも行けるものではない。お金や理性、教養あふれる人物であっても、それだけでは一生行くことはできぬ旅である。
 たった、ひとつの条件を満たせば、例外なく行くことができるのだが・・・それは、生まれつき持っている者もいれば、ひょんなことから後天的に、その能力を得る者もいる。ただ、そのパスポートを持っている者は、自分でそうだと自然にわかるのである。
 その条件を言葉であらわすのは、ひどく難しい。
 だから、この案内書が書かれたことは、旅立つ力を潜在的に持っている人々の力を、目覚めさせる効果があるのではないか、と思う。
 もしも、これを読んでいるあなたが、この案内書を読んで、ああ、自分もそう感じることがある、と思われたら、あなたはおそらくはパスポートをすでに持っている人間である。
 そのパスポートが、どこまで行けるものかは保障できないが、もしパスポートを持っていたら、そのことに気づいたら、少しばかり旅に出てみませんか?
 そして、いつか現実の旅へ旅立たれたら、会うことがあるかもしれません。
 それでは旅に出られる友人たちへ、この旅行案内をお届けします。

             解説・考古学博士カーラモンド・ドルバルディ