砂漠の砂を売る男

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砂漠の砂を売る男


 「何だい、これ?」
 そう言って、興味深げに青年が細い指先で取り上げたのは、赤茶色めいた煉瓦色のような砂が納められている透明な硝子瓶だった。青年の細い指先ほどもない、試験管のような細長い硝子瓶である。先には土色のコルク栓が差し込まれている。
 これらの小さな瓶は、そのホテルのロビィに置かれているテーブルの上に飾られるようにして置かれていた。
 「サハラ砂漠の砂ですよ」
 男はそう言った。独り言をつぶやいたつもりの青年は、驚いて振り返る。するといつのまにか、見馴れぬ男の姿があった。くすんだ白っぽいローブをまとった姿は、とてもバカンス専門の洒落たホテルの宿泊客には見えない。
 「どうです? ひとつ」
 男は自然な仕草で瓶を取り上げ、青年に見せるようにかざした。
 「売り物なのかい?」
 商人めいた男のその動作に、青年は意外そうに聞き返す。
 「ええ」
 男は短く答えた。
 「どうして砂漠の砂なんて売っているんです?」
 興味を引かれた青年は、男の手の中にある透明硝子の中で揺れる赤茶けた砂の粒を見つめた。その赤茶けた砂を眺めながら青年は、海岸を埋め尽くす白い砂とは全然違うんだな、と感慨を抱く。海岸の真っ白な砂が、月の光を浴びて白くなったのだとすれば、この目の前の赤茶けた砂漠の砂は、灼熱の太陽に焼き焦がされてしまった色だろうな。
 そんなことを、ぼんやりと考えていると、男の声が耳に入ってきた。

 「砂漠の砂を汲み尽くそうと思ってね」
 「砂漠の砂を?」
 意外な答えに、青年は男の目を問いかけるように見返した。
 「そう」
 男は静かにあいづちを打つ。
 「何のために?」
 青年がそう問うと、少しの間があった。すると男が問う。
 「砂漠の砂の下には、何があるかごぞんじですか」
 青年は答えがわからすに、首を傾ける。そのまま黙っていると男は、ゆっくりと秘密めいた口調で話始めた。
 「この砂であふれた砂漠の砂の下には、私の大切な人が眠っているのです。あの砂漠のどこかで。どこかはわかりませんが。大切な人だったのです。とてもね」
 男はそうつぶやきながら、窓の外の新緑にまぶしそうに視線をめぐらせた。そのまま見とれているような表情で言葉を続ける。
 「世界中の色々な景色を見たいと言っていました。それで・・・こうして砂漠の砂を世界中のあらゆる場所で売っているのです」
 男はそう言って言葉を切った。
 「それは・・・その人の体が死んで、その砂漠の砂のどこかに溶け込んでしまったからかい?」
 青年は少しばかり言いよどみながらも、そう口にした。
 「そう。だけど、砂漠のどこの砂がその人が砂とひとつとなった場所なのかがわからないから。だからこうして砂漠の砂を汲み尽くそうとしているのですよ。・・・お一ついかがですか?」
 そう言って男は少しばかり笑った。
 その話につられるように、青年は砂漠の砂の入った小瓶をひとつ、買い取った。

   終わり