桜旅

文字の大きさは、こちらで変えられます→ 小 | 中 | 大 |

桜 旅


 満開の桜。地にも満開の桜の花びら。
 駅に到着する電車の中から、この駅の前に一本の桜の木の姿が見えた。乗り換えのために電車を降り次の電車を待つ間、売店で何か買おうかと駅の構内に足を踏み入れてみると、薄紅色の桜の花びらが、風に吹かれて床に流れ込んでいた。まるでぶあつい絨毯のように重なり合って、固い床が見えないほどだ。
 花びらたちも旅に出たいのだろうか。
 枯れて命がつきてしまう前に。
 掃除夫が、風で逃げる彼らを箒で集めている。
 僕はホームに戻った。
 電車が入ってくる。扉が開き、乗り込もうと足を一歩踏み出した時、ひらり、と風に乗った薄紅色の桜の花びらが一枚、僕の胸元にのった。
 見下ろしてみる。
 花びらは乗っかったままだ。
 僕は今から暖かな南国の国へ行くところだよ。そこは君たち春の花たちが、決して見ることのない常夏の国だ。いつも夏が来る前に君たちの命はつきてしまうから、行ったことはないだろうがね。
 僕と一緒に行ってみるかい?
 可憐な花びらは僕の胸元でじっとしている。
 じゃあ、一緒に行こうか。
 そう言って、僕は桜の花びらと共に電車に乗り込んだ。

        おわり