銀色ルーペ 04

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銀 色 ル ー ペ 4


 「どうしたのさ?」
 動かしていた手をとめて、じっと地図に見入っている砂流の横顔をいぶかしげにのぞきこみながら、文都は尋ねた。
 「文字が見えたぞ」
 砂流は文都に答えるように、ぽつりと言った。そう言って地図の上にかがみこみ、何やら、ぶつぶつとつぶやいた。
 「どうしたんだよ?」
 文都はわけがわからず慌てる。急に友人が、どうにかなってしまったのではないかと心配になってくる。だが文都の心配をよそに、砂流は自分のことに夢中になっていて、答えてくれない。
 まさか、あのこわれているルーペで何か見えたんだろうか。
 いろいろと考えているうちに、文都はふとそんなことを思いついた。そう思って友のようすを見ると、確かにルーペで何かを見ているように見える。けれど何を?
 「そうか。このレンズは顕微鏡なみに倍率が高いんだ。だから見えなかったんだ」
 砂流はいきなり身を起こすと、文都の両手をつかみ、大発見を告げるように大きな声で言った。すっかり自分の到達した結論に夢中になっている。
 「顕微鏡?」
 「そうさ。このレンズは拡大鏡用の低倍率のレンズではなくて、顕微鏡に使うような高倍率のレンズなんだ」
 「そうだったのか。だから目で見える物を見ようとしても見えなかったのか。うんと小さなものでないと」
 長年の謎が、そんな簡単な理由からだったのだと分かり、文都は気が抜けてしまった。
そんな文都の放心したようすを、自分にルーペをのぞかせてくれないから、すねているのだと勘違いした砂流は、
 「ほら、見てみろよ」
 と文都の肩を引きよせ、手で固定させているルーペをのぞくように示した。誘いこまれるようにレンズの中をのぞきこむと、深い蒼色のくねくねとした流線が見えた。少し滲んでいるところからすると蒼インクで書かれているようだ。
 ・・文字?
 「なんて読める。文都?」
 砂流が話しかけてくる。すでに砂流は見ていて知っているはずなのだが。
 「・・南西へ三ツ」
 文都はレンズをのぞきこんだまま答えた。
 「俺とは違うな」
 「え? どういうこと?」
 文都は思わず顔をあげて砂流の顔を見た。身を起こした反動でルーペを持った手が動きかけた文都の手の上に、砂流はすばやく手をかさねて抑えた。
 「駄目だ、動かしたら。文字を見失う。冗談さ。文都と同じ文章を読んだよ」
 「なんだ、からかったのか。でも文字を見失うって何だい?」
 「書かれている文字は砂のように小さな文字だ。だから肉眼では見えない。そのルーペを使ってしか見えない。だから一度見失ったら、探すの大変だろ?」
 「そっか」
 その時、入口の大扉がゆっくりと開けられた。
 「おや、お客さんだ。楽しんでいたみたいだね。でも、そろそろ、この展示室は閉鎖時間なんだ」
 そう言いながら入ってきたのは、街の模型店でよくプロペラ機を買っている姿を目にする展示室の責任者だった。ゴムで飛ぶプロペラ機の作り方の講習会を、二人ともこの図書館で受けたことがあり、その時の指導者だ。
 「いいんだ。邪魔したね」
 まだ地図に未練があった文都は、いきなり砂流に手をつかまれ展示室からひっぱり出されてしまった。階段を上がり、ロビーを突き抜け図書館の外へ出る。
 「なんだよ、砂流?」
 図書館の外にある太い木々の間に引きずり込まれた文都は、不満の声をあげた。
 「いいか、文都?」
 砂流は立ち止まると、いきなり文都にくっつけるように顔を近づけ、ささやいた。
 「今夜、展示室に忍び込んで、あの地図に書かれている文字を全部見つけるぞ」
 「何言ってるんだよ、砂流? 明日、また来ればいいじゃないか」
 砂流の予想もしていなかった大胆な提案を、いきなり突きつけられて文都は、おろおろと慌てた。いつも砂流は、とっぴょうしもないことを突然言いだすのだ。
 「展示は明日までなんだぜ。その後は別の図書館か博物館に巡回展示に出されるから、見れなくなる。だから今夜しかない」
 「砂流のお父さんに頼んで見せてもらえばいいだろ? 何も忍び込まなくても」
 「冗談だろ? 父さんに、このことを教えたら、父さんが夢中になるに決まってる。ルーペも取り上げられて、一人で文字探しに没頭さ。息子のことなんか忘れちまう。こういう面白いことは大好きな人なんだからさ」
 わかってるだろ?と言う口ぶりで、砂流は反対した。
 こういう面白いことに目がないのは砂流もだろ、と文都は思ったが、口には出さなかった。黙っていると砂流が、じれったそうに急かし出す。
 「なんだよ、文都は来ないつもりか? 来なくてもいいけど、地図に何が書かれているかは教えてやらないからな」
 そう意地悪そうに言う砂流の手には、いつのまにかしっかりと文都の携帯用ルーペが握られている。
 「わかったよ。今夜だね」
 結局、自分も行きたいのだと、文都は折れた。今夜、地図に書かれている文字を確かめて置かなければ、次に地図を見る時まで、ずっと未練が残るだろうとわかったからだ。



連載第5回へと続く