銀色ルーペ 05

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銀 色 ル ー ペ 5


 しかし夜に家を抜け出すのは、ちょっと困った。何時までかかるかわからないから、両親に出かけてくると言うわけにはいかない。出かけた息子が、いつまでも帰ってこないと心配するからだ。けれど、息子が出かけていると知らない場合、「家にいる」はずの息子が「帰ってこない」とは心配しないだろう。そう考えついた文都は、こっそりと家を抜け出すことに決めた。
 夕食を済ませると、「おやすみなさい」を言って部屋にこもる。両親がお風呂に入ったり、書斎でくつろいでいるのを見計らうようにして、こっそりと家から抜け出した。もちろん帰ってくる時のために、家の鍵を持って。
 ところが図書館へ向かって走っているところに、前から兄の詩都と、兄の仲のよい友人の夏伽が一緒に歩いてきた。気づいてあわてて別の道に曲がるが、すでに相手には気づかれてしまっていたようだ。
 「何してるんだ、ちびすけ?」
 背の高い夏伽が、おまえの弟がいるぞ、と詩都の耳に口をよせて話しかけているのが聞こえる。わざわざ気づいていない詩都にまで教えることないのにと思いながらも、逃げても無駄だろうとあきらめた文都は、しぶしぶ二人の前に出てくる。
 「詩都たちこそ、こんなに遅くまで、どこ行ってたんだよ?」
 口をとがらせながら文都は、二つ年上の兄を見上げる。
 「僕らか? 僕らは、夜の灯台を見にいってたんだ」
 詩都は、何も隠すことはないかのように、くったくなく答えた。楽しそうな表情をしているところからすると、ずいぶんと良かったのだろう。夜の灯台と言うのは、文都は前々から一度見てみたかった場所だった。貝や発光魚が灯台の光に反射して、暗い海の中で虹色に揺らめくようすを見られる場所だった。
 「ええ! 僕も見に行きたかったのに」
 文都は、おもわず非難の声をあげてしまう。
 「お化けが出るぜ」
 腕組をして夏伽は、文都をからかうような表情で見下ろしている。
 「今度、連れて行くよ。土曜日はどうだ?」
 詩都がなだめてくれる。本当に?と顔を確かめようと文都は詩都の顔を見る。
 「昼間にな」
 夏伽が横から口を出した。文都は夏伽を、じろりとにらんだ。だが夏伽は、知らんぷりをしている。
 文都とは、たった二つしか違わないのに、夏伽は一センチぐらいの碧真珠のピアスを左耳につけた大人びた雰囲気の少年だった。いつだったか詩都が「深い深海の色だね」と夏伽に言っているのを文都は聞いたことがある。
 夏伽はいつも少しばかり人を威圧するように見ているような目つきをしている。良く言っても、小馬鹿にしているような感じだ。年下の少年から見るとちょっと怖い気もする。趣味も違うはずなのに、どうして詩都はこんな奴と一緒にいるのだろうと、文都はいつも不思議に思う。おとなしい兄の今までの友達とは違う、異質な感じの友人だった。
 兄の隣に、いつも当然のような態度でいるので、文都はちょっと夏伽が気に入らなかった。弟と遊ぶよりも、友人と遊ぶ方が楽しいのだろうか。そんなことも文都は最近、たまに思ったりする。詩都を夏伽に独占されて、少し嫉妬しているのかも知れない。
 「それにしてもこんなに遅く、どこに行くんだ?」
 夏伽をにらんでいる文都の額を、細い指先で優しく触れながら詩都が聞いてきた。ひんやりとした指先の感触が心地よく感じる。
 「・・・秘密だよ。詩都だって今日、灯台に行くことを黙ってたじゃないか」
 文都はあわててそう言うと、いらないことを言わないうちに退散することにした。呼び止められる前に、くるりと後ろを向いて走りはじめる。
 「母さんと父さんには秘密にしといてよ!」
 一度だけふりかえって、一応言うだけ言っておく。それでも詩都が両親に言ってしまえばおしまいだが、その時はその時だとあきらめた。



連載第6回へと続く