夏期学校 16

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夏期学校 〔少年図鑑シリィズ2〕

【第十六話 洞窟3】



 「渡り鳥を知ってるかい?」
 スミレ色の目をした、きれいな青年は隣に腰掛けている文都に話しかけた。知っていると頷くと言葉を続ける。青年は、まるで魚のような水生生物のように、しなやかな体つきをしていた。
 「魚たちの中にも世界中の海をめぐる魚がいるんだよ。彼らは、ここを通りかかることもある。わざわざ立ち寄ってくれることもある。そうして話して聞かせてくれるんだ。世界中の海の様子を。出来事を。私はその話をここで聞いているんだ」
 ひんやりとする。青年が白い長袖のシャツを着ているのも当然だろう。どうやら明かりは海面から届く光のみのようだった。まるで月明かりのような青白い光。
 「どんな話を聞くの? 海賊船のありかとか?」
 「もちろん、それもあるさ。けれど一番知りたいのは友達の行方だね。今、どこにいるのか知りたくなる時ってあるだろう? たとえ誰も知らないところで一人きりで死なれても、私だけは彼のいる場所を知っているんだ。魚たちが教えてくれるはずだから」
 「友達って船乗りなの?」
 文都は青年の秘密めいた言葉から推測して聞いた。
 「飛行機乗りだよ。この海と同じ青と闇の世界だ。とても似ている」
 「・・・この海のどこかで眠っているの?」
 文都は遠慮がちに、それでも気になって尋ねた。
 「まさか。まだ生きているよ。ほら、このとおり、お土産もある」
 青年はスミレ色の目を細めて、おかしそうに笑いながら、白い手を文都の方を差し出してみせた。その手の中で何かが、きらきらと光を反射しているのが見える。
 「どれでも好きなのを、どうぞ」
 青年が食べるようにと差し出してくれたのは、赤や紫、青に金色、銀色、緑色などの色付きの銀紙にくるまれた小粒のチョコレェトだった。わずかな光を反射して色々な色を放って小さな硝子瓶に詰まっているようすは、まるで花火のようにも見え、宝石のようにも見える。
 食べるのが惜しくなるが、銀色の銀紙をむいて中のチョコレェトを口に入れた。しっかりと固まっている。この部屋の気温が低いせいだろう。
 青年の話しはとりとめがなく、だが波の音のように文都の耳に心地よい音となって流れ込んでいた。相槌を打ちながらも眠くなってゆく。ひょっとしたら途中で眠ってしまったかも知れなかった。ずいぶん前に名前は?と聞かれた気もするし、答えた気もしていた。
けれど、ふいに青年の言葉に文都の目は覚めた。
 「文都、か。ひょっとして詩都の弟?」
 その言葉に飛び起きた文都がびっくりして目をまるくしていると、青年はくすりと優しく笑った。
 「詩の都、なんてきれいな名前だから覚えていたんだ。そんな都があるのなら、行ってみたいと思ってさ」
 文都はどう答えたらよいかわからず黙っていた。
 「・・・日が影ってきた。もうそろそろ帰った方がいいんじゃないのかい?」
 青年が優しく促す。
 「また来ても・・いいですか」
 文都はおそるおそる聞いてみた。
 「来てもいいけど・・君の仲間たちに秘密にしておいてくれるならね。騒がしいのはごめんだ」
 言われなくても文都は誰にも話す気はなかった。ここに連れてきたい相手なんかいなか
った。椅子から立ち上がり歩きかけたところで、ふと気づいて振り返る。
 「ところで、あなたの名前は?」
 「・・ウミ」


第17話へと続く