夏期学校 26

文字の大きさは、こちらで変えられます→ 小 | 中 | 大 |


夏期学校 〔少年図鑑シリィズ2〕

【第二十六話 プロペラ】



 それは旧式のプロペラ機だった。


 窓硝子すらはめられていない窓。まるでトロッコにでも乗っているような気分だなと、プロペラ機に乗り込む時に文都は思った。
 まるで木で作られた模型の飛行機だ。
 乗り込んで、砂流の隣の日に焼けて色あせた赤い布が張られた座席に腰掛け、砂流と顔を見合わせる。おもしろい体験じゃないか、とその顔が言っている。たしかに興味深い。

 でも本当に飛ぶんだろうか。

 「これ、動くのかい?」
 文都が尋ねると、砂流と知り合いだと言う操縦士は「もちろん」と答えた。
 操縦士は飛行機の前に取り付けられている大きなプロペラを勢い良く手で回し、操縦席に飛び乗った。エンジンをかけるとプロペラの回転が少しづつ速くなる。
 ゆっくりとプロペラが廻る。
 海面を滑るようにプロペラ機はなめらかに突き進んでゆく。そうして少しばかり上昇したまま、まっすぐにゆっくりと飛んでいる。
 速くはないけれど、風を浴びて海面を見下ろしていると気持ちがいい。立ち上がった砂流に誘われるように文都も立ち上がり、窓枠に肘をついて外を眺める。
 海と空ばかり。一面の碧色だ。
 プロペラ機の側面に、天空の呼び方が流線的な文字で書かれていることに文都は気づいた。砂流に指摘すると、操縦者の名前だと砂流は答えた。
 ふいに船が眼下の視界に入ってくる。プロペラ機の操縦士は何を考えているのか、ゆっくりと飛行機を船に近づかせる。
 小さな小島のような船のデッキの鮮やかな草色の手すりに並んで寄り掛かっている詩都と夏伽の姿が、はっきりと見えてきて、文都はうれしくなり思わず大きく手を振る。
 近づいてくるプロペラ機に空を見上げた詩都と夏伽も文都の姿に気づいたようだ。風にみだれる髪を片手で抑えながら、詩都は笑いながらもう片方の手で文都たちに合図を返す。三角の白い蝶々襟が風に揺れている。
 その隣で手すりに寄り掛かった姿のまま、夏伽は文都を見上げ、にやりと笑って合図をよこした。
 「今の詩都と夏伽だろ?」
 文都の隣で船を見下ろしていた砂流が言った。すでに船からは離れてしまっている。
 「うん。僕らを迎えに来る船だね」
 顔を見合わせた文都と砂流は、吹き出すようにいたずらげに笑った。
 「僕らの方が一足先に帰れるね」
 文都は砂流に笑顔を返した。
 もうそろそろ陸が見えるのではないかと文都は視線を移動させる。その先には、海と空の青さが眩しく広がっていた。

       おわり