歌少年 10

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歌少年 ~音楽の守人~ 

〔少年図鑑シリィズ3〕


~~~~第10話 届け物~~~~



  家に帰ると詩都に呼ばれた。足を挫いて部屋で寝たままなのだ。夏伽がいるかと思ったが、さっき帰ってもういなかった。
 「忘れていったんだ。届けてきてくれ。明日の授業で使うと思うから」
 そう言って差し出されたのは若草色の紙製の帳面だった。一目で夏伽のだとわかる。詩都は露骨な子供っぽさを嫌って、教科書類や筆記帳などは、すべて製本しなおして使っているのだ。製本職人は少なくて高くつくと言うのに、わざわざ製本屋に出しているのだ。
 だが、そのおかげで詩都の部屋の本は、美しい布や革で、どれもまるで異国の本のような優美な外見をしている。退屈な教科書が、ついつい手元に置いておきたくなるような、まるで古代の魔法書のような魅力的な外見をしていたりするのだ。
 そんな詩都特製のノートではないと言うことは夏伽のものに決まっている。
 「詩都が、明日学校で渡せばいいじゃないか」
 文都は夏伽に会いたくなくて、言い訳を探した。
 「明日は、病院によってから学校に行くから、間に合わないんだよ」
 詩都は淡々と言い聞かせるような口調で答える。
 「わかったよ」
 文都はしかたがなく引き受けることにした。詩都の言うことは事実なのだろう。奴の家に行く。あまり行きたくはない。馬があわないのだ。もっとも向こうは、そんなことは気にしてはいないのだろうけれど。
 渡された地図を見ながら歩いていくうちに気づいた。
 なんだ学校と同じ方向じゃないか。毎朝、夏伽が家に来ているってことは、わざわざ遠回りして学校へ行っているのか?
 夏伽の家は簡単に見つかった。大きな三階建ての家だ。けれどドアチャイムがどこにも見つからず、文都はどうしようかと思い悩んだ。メールボックスに帳面を放り込んでおけば済むのだが、万が一なくなったりしたら困る。せめて家の人にでも手渡して渡しておかなくては、と責任感を感じる。
 玄関先で帳面を渡してすぐ帰るつもりだったのに予定外だと思いながら、そろそろと庭の方にまわってみると、夏伽は日当たりのいい広々とした部屋の長椅子に寝ころがって本を読んでいた。三階まで吹き抜けになった広い部屋だ。 天井から大きな模型の飛行機がつり下げられている。
 文都がどうやって話しかけようかと悩みながら窓の外に立ちつくしていると、すぐに夏伽は文都の姿に気づき、読んでいた本を椅子の上に伏せて置いた。
 「めずらしいな」
 とからかう口調で言いながらも、文都の来た用件を手にしていた若草色の帳面から、すぐに察したようだった。
 「まあ、ごほうびにお茶でも飲んでいけよ。お菓子でも持ってきてやるからさ」
 夏伽はそう言うと、お菓子を取りに出て行ってしまった。さっさと追い返してくれれば帰れたのに予想外の反応だと文都は反応に迷う。もっとも反感を持っているのは、自分だけなのかもしれないのだから、お客さんをもてなすのは当然かな、と思いなおす。
 椅子にとりあえず座ろうかと視線を移した時、長椅子の上にうつぶせにされたままの抹茶色の布表紙の小さな本が目にとまり、夏伽がめずらしくも本を読んでいたことを、ふと思い出した。
 夏伽が図鑑以外の本を読むなんて、いったいどんな本だろう。
 文都は興味を引かれて、そっと本をひっくり返す。ひどく文字がまばらだ。上の方にしかない。どうやら詩のようだ。詩集を読むなんて意外すぎる。
   孤独の一日が
   やっと終わろうとしているが、
   あの人のいないこの夜は、
   何にすがれば朝になる

 開いていたページの目にとまった文章を読んでみたけれど、文都にはよくわからない。
 何の話なんだろう。だいたい「詩」と言うのは、何を書いているのか文都には、さっぱりわからなかった。物語でもないし。感情ばかりをだらだらと書いたって、読む奴がいるんだろうか。それに本の下の方の空間が無駄じゃないか。どうせ使わないのなら本の形を変えればいいのに。こんなにわけのわからないものを読んでいるなんて、やっぱりあいつは変人なんだ。そう確信をあらためて強めた。文都にとって「本」とは物語なのだった。
 そうこうしているうちに夏伽が戻ってくる足音が聞こえたので、文都はあわてて本を元通りに戻し、向かいの長椅子に腰掛けて待った。その時、向かいの長椅子に元通りに伏せて置いておいた本の背表紙に金色の文字で書かれている題名が目に入ったが、ちょうど暗くかげっていて読み取ることができなかった。


         第11話へと続く