伝えることなき思い

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伝えることなき思い



(場面1)

 君が笑う。
 あざける笑いではない。せせら笑いでもない。含み笑いでもない。意地悪い笑みでもない。営業用スマイルでもない。媚びた笑いでもない。苦笑いでもない。いやいや笑っているのでもない。笑った顔だけして合わせているのでもない。
 無邪気な徴笑み。ただ嬉しいから、楽しいから、笑っている。そんな笑い方を君はしてくれる。そんなふうに無防備に笑えるのは僕といるからかい? そうなら嬉しいのだけれどな。
 ふと僕は気づいた。君は僕の大切な友人なのだと。
 もっと君の笑顔が欲しいよ。けれど恋心とは違う。家にいる時も、寝る時も君の眩しい笑顔が目の前から離れないと言うのではない。離れている時は思い出さない。誰かに恋している時は君のことを忘れているだろう。けれど、もし朝会った時に、君が笑顔であいさつしてくれなかったら、僕は気にするだろう。それに悲しいと思う。
 さっき君は僕に、おはようと言ってくれた。そうして僕らは並んで歩いている。もう少し歩けば学校だ。それまでは、この時間が続く。今朝、出会ってから、何を話したんだか覚えていない。けれど話していると心地いい気分だ。
 世界に花がなくても、君がいれば僕はやすらぐ。
 君は、なくてはならない人なんだ。

(場面二)

 河原の土手に、二人で並んで座っている。
 楽しそうに笑いながら話しつづける友人。
 僕のすぐ隣に座っている。彼の膝と僕の膝先とが触れ合っている。
 いつか、僕の隣に座るこの友人に、幸せな満たされた時間をありがとうと言うことはあるのだろうか。この深い感謝の気持ちを。
 それとも、こんな気持ちは気のせいに過ぎないのか。
 来年になってクラスが変われば友人で、はなくなってしまうかも知れない。あるいは忘れてしまうのかも。たとえ高校三年間一緒に過ごすことができたとしても、卒業すれば、それで終わりかも知れない。
 はかない気持ちだ。心変わりしてしまう気持ち。いや、そんな未来のことはどっちでもいいことなんだ。
 ただ、今、感謝している。
 僕は敬虔な気持ちで、祈るように両目を閉じた。
 恋の相手よりも、僕は君に感謝している。こうして話をできるということが。温かい気持ちで唇に優しい徴笑がごく自然に浮かびあがってくる。恋のような激しい混乱する感情がこみ上げてくることがないために、今まで気づかなかったことなのだけれど。
 ふと気づくと心に、ぽかぽかとした温かさを感じる。あまりに普通な状態のため気づかないと、ずっと気づがない。心地よいというのは普通の状態なのだとは、なかなか気づかないだろう。
 恋ならば気づくけれど。友情なら気づかない。
 けれど、ふと気づく。気づいてしまった。
 愛情。恋は恋愛。恋心。
 では友情は何だ。どんな思いだ? 友をいとおしく大切に思う気持ちは、どう表現するんだろう。名前がないじやないか。それだけ人々に気づかれていないと言うことか。とても大切なものなのに。こんなにも、心地よいものなのに。
 君に恋していると言うかわりに、友人には何と言えばいい? 君に感謝していると言う以外には思い浮かぱない。
 そっと壊れないように優しく包みたい。友情はそんな気持ちだ。カを込めて引き寄せて抱きしめたくて、時には壊してしまいたいほど激しい情熱を伴う恋愛とは違う。
 僕は、大切な友人の横顔を感謝を込めて、そっと眺めた。
 今の僕には、君が必要だ。

(場面三)

 学校の廊下。昼休みは長いから好きだ。
 窓枠に腰掛けている友人。僕は窓枠に寄り掛かっている。
 話した先から忘れていくような、どうでもいい話。けれど君との会話は、いじめられないように、はばにされないようにという、心に沿わないつきあいではない。そんな付き合いのためなら、休み時間は短ければ短いほどいい。
 けれど君と話す時間は長くても気にならない。いや、自然に長くなっているのだ。
 僕にとっては、君は友人だよ。
 そう感じた瞬間、ふと思った。友人と言うのは双方向性がなくてもいいんだなあ。そこが恋変とは違うんだ。今、気づいたよ。恋愛の場合は、相手が自分を好きかどうかを確かめてからでないと「恋人です」と紹介できない。けれと友人の場合、友人になってくれるかどうか確かめることなく、「友人です」と、相手の許可もなく紹介している。
 君が、たとえ自分には友人なんかいない、自分は一人きりだと、信じ込んでいても、僕は君を友人だと思っている。だけど間違えないでくれよ。友人と称して君を傷つけたり、だます輩とは違う。君を笑い物にしておきながら、冗談だよ、場を明るくしただけだよと主張する奴らとは違う。君が傷ついたら僕も傷つく。友情は思いやりから生ずるのではないだろうか。そうして君をそっと見守っている。
 君にとって僕は単なるクラスメートに過ぎないのかもしれないけれど、僕にとっては君は友人なのだ。君を尊敬している。君を敬っている。一方的でも成り立つ気持ちだ。だから、たとえ君が死んでも君は僕の友達だ。
 君は、どっちでもいい存在じゃない。他のクラスメートでは代わりにはならない。君でなければならないんだ。
 友情は一方的な思いでも成り立つのだとすると、双方的な思いになったら、それは友情なんだろうか。愛情ではないのかなあ。互いに大切に思いあうなんて。
 愛情は片思いなんて形式では破滅する。結局はうまくいかない。長続きしない。だって恋愛は双方的なものだがら。一人ではうまくいかない。片思いが長く続いているとしたら、それは自己満足か、片思いの自分自身の状態に満足している自己愛でないとすれば、友情なのだと思う。
 そう。友情は一方通行が可能だ。見返りを要求しないから。必要ないから。だからうまくいく。必要なのは、自分の相手に対する友情と言う気持ちだけ。もし友情が、うまくいかないとしたら、それは友情を押しつけているか、それとも見返りを要求しているかだ。
 粗手に見返りを要求するのは愛情だ。愛は見返りを要求しないなんて言うけれど嘘だ。愛こそ双方的なものだから。何らかの反応が返ってこなけれぱ続かないと思うのだけれど。
 僕の君への思いは、どっちなのだるう。

(場面四)

 君が僕の側にいる。たわいのない話をして二人で歩いている。僕は満足だ。
 僕が君に思う気持ち。もうこれは愛情かな。君と話して過ごす時問が楽しい。別に家に帰ってからや、寝ている時にまで、君のことを考えたりはしないけれど。でも、見返りは欲しがっている。君と過ごす時間を欲しがっている。昼も夜もではないけれど。面白いことを見つけた時、君に教えてやろうと思って、うきうきする。君でなければならない。他の奴ではだめなんだ。
 だから、もうこの気持ちは愛情なのかもしれないな。別に君を独占しようとは思わないけれど。君にキスしたいとは、露ほども思わないけれど。君と結婚したいとは思わないけれど。けれど君を失いたくはない。やはり愛情なのだろうか。
 僕の隣を歩く君に、いつかこの気持ちを伝えることがあるのだろうか。今のところ、僕にはその予定はない。それとも伝えておいたばうがいいのだろうか。友情もも愛情と同じように告白が必要なものなのだろうか。いや、一方的な思いで成り立つ友情には、告白なんて必要ないはずだ。告白したら愛情になってしまう。それとも友情も双方的なものなのだろうか。僕は考え違いしているのだろうか。
 だけど、いちいち友情の告白宣言をして、友達になってくれるかどうかを確かめるなんて友達関係で普通はしない。
 では告白しない愛情が友情なのか。それでは片思いと同じだ。
 やはり僕の考え方が正しいのだ。友情は、一方的な思いで成り立つのものなのだ。だから君は僕の友人だ。
 けれど僕の君への気持ちは、もう愛情なのかも知れない。君からの笑顔や声を僕は求めてしまっているから。
 ぞれともこの気持ちこそが、友情なのだろうか。


        おわり