絵の中の記録 08

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絵の中の記録 (ユリ・シリーズ)

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 「おそらく、そこの農園は、旅行者にバターだかチーズだかの製作体験をさせていたんだろう。」
 「でもそれは・・・」
 「ああ、そんなことはワイン協会も、近くのワイン製造者も許すはずがない。当然、その地区の牧師だか神父だかにも、何度も村人たちから相談が入っていたことだろうな。やめるように、説得してくれと。
 村人たちにしてみれば、気に入らない理由は、ありすぎるほどあるんだからな。たとえば、さっき言った蔵の隣に家畜小屋を建てるなんて、衛生面からも問題外だ。
 その他にも、製造法や品質を守るために、本来なら部外者は立ち入り禁止にしているはずの場所に、大量の部外者が入ってくる。
 あるいは産地の重要な特産品を作っている大事な場所に、得体のしれない外国人を毎日のように入れることが気に入らなかったのかも知れないな。不安だろう? 秘伝を盗まれないか、何か妨害でもされて味を落とされたり、あるいはもっと簡単にタバコの火の不始末で、火事にでもされたら、それこそ取り返しがつかないからな。
 一度、悪い印象がつけば、ワイン農家にとっては大打撃だ」
 「なるほど。最近、増えてきている問題だね。少しでも観光資源を増やそうと、農家の息子やら、跡取りがいなくなった農園を買い取った町の人間やら商人たちが、都会の人々の気を引くことをする。それは、かまわないが、村の伝統的な産業を妨害する面を持っていることが往々にしてあるんだな」 
 六角堂が、納得したように、つぶやいた。
 「なるほど。それはわかったよ。だけど、それと牧師と、どう関係があるんだ?」
 加賀野が、わからないと言うように、男に聞き返す。
 「もし、そんな状態の中で、何か事件が起きたら? たとえば、ワイン蔵の樽に毒が入っていたとか。あるいは、もう少し穏やかに・・・食中毒。ワインの腐敗・・・それとも煙草の火の不始末によるぼや騒ぎ。その程度を起こしておけば、観光客を入れるのをやめさせるには、充分な理由になるだろう」
 「まさか!」
 皆、男の顔を見つめた。
 「それを、牧師だか神父だかの姿をした人間がしたと言うのかい?」
 由良が驚いた表情のまま、男を見上げてたずねる。
 男は、ふっと笑いを浮かべ、目を閉じた。
 「まあ、そう言うこともあるかも知れないってことだ」
 「なんだ。脅かすなよ」
 加賀野が、緊張が解けたように息を漏らしながら言う。
 「じゃあ俺たちは用があるから、先に失礼するぜ。行くぞ、ユリ」
 男は均整のとれた長身をのばし、いきなり立ち上がると、隣に座っている由良の腕を引いて立ち上がらせ、カフェを後にした。



その9へ続く