封印聖遺物(後編)

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封印聖遺物 (後編)



 聖人によって悪魔たちは魔界へと追い返された。悪魔にとっては人間の寿命は、はかないものだった。だから悪魔たちは聖人が死ぬのを待った。たいして待たずに聖人は死んだ。だが地上には聖遺物が残され、悪魔たちは聖遺物の扱いについて話しあっていた。
 魔王のまわりに魔界の実力者たちが座って噂話をしている。
 「聖人が死んだそうだ」
 「ならば再び人間界へ行くか」
 「聖遺物が残っているぞ。あれを人間たちに使われたらやっかいだ」
 「そうだ。次の勇者が生まれる前に何とかしないと」
 「我らを信奉する人間たちに殺させてみるか」
 「聖遺物自体はどうするのだ?」
 一匹の悪魔が魔王の前に進み出た。まるで生きているかのように生々しい金銀宝石細工の蝶の仮面で目元をおおっている。
 「人間たちが聖遺物を二度と使えぬようにしてごらんにいれます」
 仮面の悪魔は、公爵らしく優雅な仕種で頭を下げた。
 「ほう。どうやって聖遺物を封印する気だ」
 魔王が問いを発した。
 「神の力によって」
 仮面の悪魔は、くすりと邪悪な笑みを唇に浮かべた。

 悪魔にとって、聖遺物は不要なもの。だが悪魔の力では壊すことはできない。ならば完全に封印してしまわなければ。人間に使えないように。魔王の宝物庫にしまったところで勇者が取りにやって来るだろう。聖遺物は勇者を引きつけるから。
 どうやって悪魔は聖遺物を完全に封印したのだろうか。

(伝説)
 その昔、聖人によって悪魔は退けられ、聖人を信奉する人々によって、新しい宗教が造られた。聖人にまつわるさまざまな伝説を残し、聖人は天へと旅立ったが、その後も聖人の教えは、神のカによって広がり、世界中に布教され、その後、二度と悪魔が現れることはなかったと言う。
 聖人の残した聖遺物は、高名な寺院で秘宝として厳重に保管され、高僧でも、めったに目にすることはできなくなった。信者は、聖遺物の奇跡のカを少しでも合けてもらおうと、その保管寺院に参拝し崇拝した。
 こうして聖遺物は封印された。
 たとえ聖遺物は信者に公開されていたとしても、「使われる」ことはない。
 もっとも使われることのない場所に封印したのだ。人間が。
 もっとも人問が手出しできない場所に置いたのだ。人間が。
 そう。もっとも神の近くに。
 悪魔は、聖遺物を悪魔の近くに置いて封印したのではない。魔王の宝物庫に封印したのではない。
 行方知れずにしたのでばない。たとえ聖遺物は、行方知れずにしたとしても、そのカは失われない。湖の底で、砂漠の砂の下で、骨董店の片隅で、在りし日の姿を失い、錆びつき眠っていたとしても、持ち主の勇者の手に渡ればカを取り戻す。だから悪慶は、そんな危ない場所には隠さない。
 悪魔にとって忌まわしい聖遺物は、神のもっとも近くに・・・もっとも使われない場所に置くのがいいのだ。それは人間が使えない封印になるから。
 我ら悪魔は、祈りの場である寺院に、神のカによって近づけないのではない。いつでも近づける。破壊できる。けれどしないのだ。聖遺物を封印しておくために。人間たちに使わせないために聖遺物を保管する寺院は必要だから。

 ・・・君が勇者だというのは本当だよ。
 悪魔は、蝶の仮面の下がらのぞく唇で、くすりと笑った。悪魔の足元には青年の腐敗した死体が、意識なくうつ伏せになっていた。
 ・・・聖人の死後、幾度となくあらわれる勇者の存在を、悪魔たちは疎ましく思っていたのだよ。けれど私の封印は完全なのだよ。聖遺物だけではなく、何人、勇者が生まれてこようと、勇者自体を封印することもできるようになっているのだから。
 そう。勇者の最大の弱点は、聖遺物がなければ悪魔と戦うことができないということ。だから聖遺物さえ封印してしまえば勇者なぞ、恐れるに足らない。けれど、勇者というのは存在するだけで、悪魔にとっては目障りな存在なのさ。なんと言っても神のカを受けているから殺しにくいのさ。高徳の僧侶か、聖騎士、策士にでも成長されては、悪魔側にも必ず披害が出てしまう。だがら成長する前に死んでもらわなければならない。
 だけど、悪魔を恨むのは筋違いというものさ。勇者君。君が恨むべき相手は人間だからね。
 悪魔は、過去にも、何人かの勇者に、同じように話しかてきた。けれど悪魔が話しかけた勇者はすぺて、目の前で腐敗しつづけている勇者と同じ物言わぬ姿だった。
 「いつか現れる勇者のために、各寺院は聖遺物を保管している」
 けれどそれは建前。
 ・・・伝説の勇者とやらが現れたとしても、寺院の宝物庫で厳重に保菅されている聖遺物に、どうやって触れるんだい? どうやって使うんだい? 誰にでも触れられる場所に置かれているのではないんだよ。
 悪魔は可笑しげに笑った。
 「勇者になら寺院だって聖遺物を使わせる。そのため仁保管しているのだから」と何人もの人間が言ったっけ。
 悪魔は思い出し笑いを漏らした。
 ・・・ほう。誰が、どうやって勇者と見分ける?
 悪魔には分かるんだな。勇者かどうかは。何といっても敵だからね。
 勇者を殺すのは、悪魔にとっては、やっかいごとだよ。たとえ聖遺物を所有していないとしても、仮にも勇者の素質を持った者だからね。だけど人間にとっては簡単なことさ。
 宝物庫に侵人しようとした泥棒、あるいは異教徒のスパイは処刑されるだろ?
 悪魔は再び笑った。
 ・・・勇者君。聖人の信者たちがいる限り、半永久的に聖遺物ば封印されるのさ。
 そして神にカを使うように使命を受けた勇者だからこそ、聖遺物を手に入れなけれぱならないことを、勇者は本能的に心で感じ取る。そして勇者だからこそ手に入れようと行動する。けれど封印の番人たちが、君を殺すだろうね。
 悪魔にとっては、君のカは嫌なものだけれど、人間にとっては別に何ともないからね。
 人間には君を殺せるのさ。だって信者にとっては、聖人の教えと残された聖遺物だけが大切なものなのであって、君のような勇者は必要ないんだからね。
 神のカによって、聖人の徳によって、聖人の教えが広がったのではないよ。我らのカによって、広まったのさ。聖遺物を二度と使われることのないように封印するためにね。
 だってそうだろ?
 悪魔は、おもしろげに、皮肉げに笑った。
 ・・・神の偉大な力が、世界に広まったのだとすると、どうして人間は、お互いに殺し合い、盗み、苦しめ合い続けているんだい?
 そんな人問が、神の子だと?神の民だと? 人間が?
 「成長途中なのだ。人間は、まだ」
 確か、ある年老いた僧侶は、こう答えたっけ。
 ・・・けれど、まだ子供だから許せと? おもしろい論理だな。一体、人間はいつまで子供なんだい? いい歳をした老人どもが、子供だから許せとは。
 悪魔は、にやりとくちびるに笑みを浮かべた。
 ・・・わかるかい? 一度、封印されたものは、二度と使われることはないのさ。封印を解くと言うことは、それほどまでに大変なことなのだよ。だから昔から言われているだろう?
 封印を解けるのは伝説の勇者、英雄だけだと。
 「ならば、神がお使わしになられるはずだ。勇者を」
 最後の砦に、すがるように言った人間がいたっけな。
 悪魔は思い出した。
 ・・・だろうね。勇者は何人も、すでに生まれてきているから。けれど人間は、勇者とは認めなかづたな。誰一人として。
 人間は黙った。
 人間はね、忠実な墓守になってしまたのさ。
 ただし墓の中に入っているのは、自分が生きるための食料や財産だということに、気づいていないみたいだけれど。だから墓の外で死んでいくしかないのさ。

 蝶の仮面をつけた悪魔は短い演説を、腐敗し続ける勇者に語った。
 ・・・世のすぺての聖遺物は、すぺてその宗派の人間たちによって封印されてしまう。貴重なる奇跡の品として。だから「絶対に」使われることはないのだ。つまり、永久に封印されてしまうということさ。その宗派の人間たちによってね。すべてがそうなる。だから我々悪魔は、聖人が死ぬのを待てばいい。そうして聖遺物を使えるものがいなくなってから、再び悪魔は人間界へ来ればいい。堅物の、そして俗物の祭司たちは、けっして聖遺物を使わせない。誰にもだ。
 だから我々は、聖遺物がすべて封印され終わるのを待っていたのさ。
 教団が成長するのを、巨大な組織に成長するのを待っていたのだ。無数の宝物庫を持つ日を待っていたのだ。
 蝶の仮面をつけた悪魔は、大きな6枚の羽を広げると飛び立った。月の光に照らされた悪魔の影が大地で大きく揺れ踊り、まるで地下から悪魔の大軍団がはい出してきたような錯覚を受け、月は慌てて雲の間に隠れた。
 そうして残された夜は闇となった。

 封印完了。 
 そして・・・
 悪魔が地上にやって来る。

       終わり