白い石庭の秘密

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白い石庭の秘密

ユリ・シリーズ


 竜安寺の石庭。白い小石が敷きつめられた庭。白い小石は無造作に置かれた岩の周りでさざ波をたてているかのような模様を描いている。
 なんとも不思議な光景。
 一説には宇宙の真理を表したものだとも言われている。

 「本当に、この庭の様子は何をあらわしたものなんだろう。すごく芸術的で思索的で心ひかれる景色だな」
 そう明るい声で言ったのはユリだ。
 「確かに心ひかれるな。けれど、芸術とは関係ないんじゃないのか」
 ユリの隣に立つ背の高い友人は、石庭に藍色の目を向けながら答えた。
 久しぶりに穏やかな休暇を過ごそうと、京都にやってきたユリと友人であった。今は竜安寺にいる。
 「どうしてさ」
 意外に思ったユリは友人を見上げて問い返す。
 「この庭は機能優先で作られているだろう?」
 「なんだって? 機能って何だよ。この不思議な光景の庭が作られた理由は、今もって謎なんだぞ?」
 ユリは手にしていたガイドブックの説明文を目で読み返しながら答えた。
 「そうなのか。それは知らなかったな。俺には一目瞭然に見えるけれどな」
 そんなユリの様子にはかまわずに、友人はのんびりと答える。
 「どうゆうことだよ?」
 ユリは、庭にびっしりと敷きつめられている小石を眺めている友人の腕をひっぱり床に座らせ、自分も一緒に床に座り込むと、友人を問いつめた。
 「簡単なことさ。ユリ、この小石を敷きつめた砂利道の上を歩くと、どんな音がするか知ってるか?」
 「じゃり、じゃり、歩く音がするに決まってるだろ」
 あきれたようにユリは答える。
 「そう。同じようにこの庭も、侵入者がいたらすぐに聞き取れるように、小石を敷きつめたんだろ。防犯のために大げさな人員を配置する必要はない。小石をびっしりと敷きつめるだけで十分だ。その上を歩く者は、みな音を立てずには歩けないからな。室内でじっと耳を澄まし、侵入者が踏みしだく音を聞き取るための人間が一人いれば、十分ってわけさ」
 ユリは、目をぱちくりとさせた。友人の言う説は、芸術とも哲学ともひどくかけ離れていて、合理的ではあるけれど珍妙な説だった。
 「この石庭は防犯のためだって言うのか? でもそれなら、何だってわざわざ白い小石を使う必要があるんだ? やっぱりこの庭の芸術美を作り出すためさ」
 ユリは友人の説を理解しながらも、感情的に受け入れることができずに反論した。
 「普通の黒っぽい石では、夜になったら夜闇に溶け込んでしまう。だから真っ白な小石を使ったんだろ。わずかな月明かりでも、敷きつめた小石たちが白く浮かび上がるようにな。月明かりに反射する白い小石の上を歩く者は、夜の闇の中でも黒く目立たずにはおれないだろうからな。砂利を踏む音がしたら、ちょっと見て確かめるのに都合がいい」
 なるほど、と思い、ユリはちょっと黙り込む。でもそうして黙り込んだまま、友人の言うことは屁理屈じゃないかとも思う。けれどうまい反論が浮かばない。少し考えて、やっと反論が閃いたので口にした。
 「じゃあ、なんであんな優雅な模様が小石で描かれているって言うんだい? あれこそ芸術である証さ」
 ユリは白い小石が波のような模様を描き出している箇所を、細い指先で指し示しながら友人の顔をのぞき込んだ。そんなユリの目を、友人はふいに目線を上げて藍色の目で見返した。
 「ただ白い小石を敷きつめただけでは誰かが、その上を歩いたとしても音を聞き逃してしまえばわからない。だから白い小石で模様を描き込んだのさ。そうすれば波のような模様の上を誰かが歩けば、模様の一部は必ず乱され崩れる。侵入者は模様を乱さずに歩くことは決してできないからな」
 友人のその返答に、ユリは黙った。芸術を愛する者としては認めたくはないけれど、友人の言う通りなのかも知れないと思ったのだ。
 ・・・究極にまで機能を優先させた設備だな。
 藍色の目の友人は、そうぽつりとつぶやいた。
 「ちょっとショックだな。これが芸術でも哲学でもないなんて」
 ユリは帰りに、何か甘いお菓子でも食べてやる、とふてくされながらつぶやいた。それとも神戸辺りで降りて、ケーキでも食べてやろうか、と真剣に考えてしまう。
 「そうなげいたものでもないぜ。究極の機能美が芸術に優ると言うことは、よくあることだからな」
 そんなユリの様子に気づいたのか、友人はなだめるように言った。
 「確かに究極の機能が生み出す美と言うのにも心ひかれるけど」
 そう口にしながらも、ユリはまだ芸術と哲学に満ちた石庭の幻想に未練が残っていた。けれど同時に、友人の言ったことが、本当のことのように思えてしまっていたので、すっかり諦めてもいた。
 「つまり昔の赤外線探知機って訳なのかあ」
 そうつぶやいたユリの頭の上に、元気出せよ、と言うように友人は、ぽんと大きな手を置いた。

     終わり  


ユリと藍色の目の同居人の生活を、もっとのぞいてみたいと言うあなたは