天下(てんのもと)では彼にしか贈れぬ物 (其の一)

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天下(てんのもと)では彼にしか贈れぬ物

(其の一)



 兄・蘭丸が信長公に仕官し、兼山城から去った。
 安土城で幕らしていると言う手紙が届いた。だが、すぐに私もすぐ上の坊丸兄様も母土様も、兼山城から安土に呼びよせられた。城下で暮らすことになったのだ。それからは驚きの連続だった。それまでの穏やかな生活を忘れてしまうほどに、安土では、すべてのものが物珍しかった。毎日、坊丸兄様と、あちこち城下を見て回った。
 幸い、蘭丸兄様は、怖いと噂の信長公にも気に入られて、何とかうまくやっているようで、安心して私は坊丸兄様と遊んで過ごしていた。
 ほどなくして坊丸兄様も、信長公に仕えられることになり、さみしく思っている間もなく私自身も信長公に仕えることになった。蘭丸兄様のすぐ側で、兄様の補佐をするのは、忙しいけれど楽しかった。まだ私は蘭丸兄様の後ろをついてまわるばかりなのだが。
 名高い武将たちが、信長公の元へ次々とやってきては、戦況を報告してゆく。胸躍らせながら、その話を聞いているのは楽しい時聞だ。また色々な人が様々な物を次々と信長公に披露してゆく。
 異国人の持ってくるものが特にめずらしい。話もめずらしい。見るもの見るものが、すべて輝いて見えるのは、故郷の兼山城のふもとにある兼山湊に次々と運び込まれる荷を見ている時のような気分になる。どちらも、目を離すことができないのだ。
 私はずっと、死んだ父上や可隆兄上や長可兄上のように武将になりたくてしがたがなかったのたけれども、こんな風に安土で過ごすようになってから、小姓と言うのも、けっこう楽しいものだなと思うようになっていた。
 けれど一つだけ怖いことがある。信長公は時々、いきなり激怒される。そうなると誰にもどうすることもできない。ただ怒りの矛先が自分ではなく、また自分に向かないことを祈るのみだ。だから皆、上様の前では、ぴりびりと緊張している。
 でもまあ、私は蘭丸兄様の後ろに、いつも隠れているだけだから、それほど被害はなかった。他の小姓仲問たちとも、中には多少意地患なのもいるけれど、まあまあうまくやっている。
 蘭丸兄様は、器量良しで有能で優しく公平で、信長公とも相性がいい。兼山の地にいる時にも、蘭丸兄様が器量良しだと言うことは気づいていたけれど、その美しさが、どんな種類のものなのかは、比較の対象がないので気づかなかった。けれどここに来て次第に、この安土に集められた小姓たちは同じ器量良しでも、それぞれ仁個性があることに気づくようになった。もちろん個性を無視したとしても、蘭丸兄様の器量は、器量良しの小姓たちの中でも、頭一つ抜きんでている特別なものだ。弟のひいき自なんかではない。
 蘭丸兄様は、鳳凰のように華やかな印象だ。けれどそんな華やかさと同時に、月の光のように清浄で澄んだ美しさを持っている。それでいて賢いのだから、家族としては自慢と言うものだ。
 坊丸見様は、夏の新緑のようなさわやかで清涼な、潔い印象だ。性格もさっぱりしていて、つきあいやすい。そんなところは一番上の長可兄様に似ている。
 私はと言えぱ、名前・力丸の名前からはほど遠く、まだ小さい花と言ったところか。これは私が言ったことではない。蘭丸兄様は私の憧れだと、いつだったか言った時に、蘭丸兄様が笑いながら、「力九はまだ小さくて、澄んだ泉のほとりに咲く小さな花のようだ。けれどその花は、とても熱心に生きている」と答えられたのだ。ちょっと嬉しい答えだったから書き残してあるのだ。
 信長公に仕えるようになってから、ほんのわずかな期間にもかかわらず、本当に色々な楽しいことがあった。けれど最近、気になってしかたがないことは、母様が信仰している本願寺と、仕えている主人・信長公との確執と抗争のことだ。
 私も毎日、お析りしている。母様のお側にずっといた時から、母様の隣に座ってお祈りは毎日していた。今もそっと隠れてお祈りをしている。一人きりで、そっとお祈りをしていると、よく昔のことが何度も頭に浮かび上がってくる。
 何度教えられても、お祈りの時になるとお祈りの方法を、すっかり忘れてしまった幼い私が困っていると、蘭丸兄様は、私の握りしめた手をそっと開かせて小さな両手を合わせさせてくれた。そしてやはりまだ子供の、それでも私の手よりば大きい自分の手で、両側から私の合わせた手を包みこむように両手を重ねさせると、「こうやって手をあわせてお祈りするのだよ」と穏やかに徴笑みながら何度も教えてくれたものだ。そんな昔の日々が最近、お祈りのために手を合わせるだびに何度も思い出される。
 やさしい記憶。
 けれど坊丸兄様の「いくぞ」と言う声に中断される。
 ふいに現実に引き戻される。
 そうだ。今日もお勤めに励まなくては。
 あわてて廊下の先を歩く坊丸兄様の後を追って歩く。信長公の側近くに常にいる蘭丸兄様の代わりに、蘭丸兄様を通して贈り物を信長公に披露して欲しいと言う依頼がないか確かめに行くのが、私と坊丸兄様の毎朝の日課だった。
 信長公に物や用件を取り次ぐのは、小姓の役目である。だから信長公に用事や頼み事のある武将や客人たちは必ず小姓に取次ぎを頼む。
 ところで、物を言うというのは難しいことである。
 ある人が言った内容と同じ内容を、別の人物が伝えた場合、片方に言われた場合には何とも思わなくても、もう片方に言われた場合には、気に障ってしかたがないと言うことなど、しょっちゅうである。誉められても、嬉しい相手と何とも感じない相手がある。
 したがって客人たちは、信長公に取り次いでもらう小姓を選ぶ。当撚、戦をしている武将たちは悪い報告などもしなくてはならない。援軍を頼まなければならないこともある。
 そんな時は、やはり信長公の気に入った人物に、うまく伝えてもらった場合と、あまり信長公が覚えていない人物が事務的に報告するのとでは、まるで違ってくる。特に気分屋の信長公の場合は、その違いが激しい場合が多い。
 一気に激怒されたら、どんなに厳しく扱われるか。怒りがそのまま容赦なくぶつけられてくる。そんな信長公の怒りを、激戦を重ねてきた武将たちも、子供のように縮み上がって恐れている。ただ単に機嫌が悪くなって、それでも対応策を冷静に考えて厳しい口調で命令を下される場合とは大違いだ。
 だから悪い情報は、うまく伝えてほしいと小姓に泣きついてくるこわもての武者たちの姿を見かけることなどは日常茶飯事である。
 それでは、どの小姓に頼むのが一番良いのか? 信長公に長く仕え、経験も信長公の気性も良くつかんでいる年長者がいいことは間違いない。客人や武将たちの立場も考慮してくれ、人格的にも優れた人物が多い。けれど有能なだけに、他の仕事が忙しく、ほとんど取次ぎの仕事にはたずさわらない。広い安土城内を、控えの間から信長公の元へと何度も往復し続けるのも大きな負担である。
 したがって、まだ若く仕事も少ない小姓たちの中から、信長公と気の合う小姓や、信長公に気に入られている小性たちに、取次ぎの依頼が集中するのは当然の成り行きであると言える。
 蘭丸兄様は、信長公のお気に入りだ。けれど、兄様に信長公との取次ぎを頼む武将や公家たちはごくごく少数だ。みな他の小姓たちに頼んでいる。母様が本願寺を信仰していることをみんな知っているからだ。だから、いくら信長公に目を掛けられていても、信長公が本願寺の信徒たちを皆殺しにする時には、蘭丸兄様も、さっさと切り捨てられてしまうだろうと言うのが、大多数の人々の認識なのだ。
 信長公が、どんなに「蘭は余の宝だ」と口にしていても、本願寺との全面交戦に入れぱ兄様は殺されると、みな信じているのだ。だから兄様と親しくして、とばっちりをくわないようにと、他の小姓たちも、信長公のお気に入りである兄様を丁寧に扱ってはいても、どこかよそよそしい。
 せめて兄弟である私や坊丸兄様だけでも、味方になってあげなくては。
 けれど本当にどうなるのだろう。信長公と本願寺との争いは、日に日に激しくなってゆくのが、私のような子供にすらも感じられる。信長公配下の武将たちが、各地で本願寺信徒との衝突をしきりに繰り返している。
 やはり信長公は本願寺の信徒を皆殺しにするのだろうか。その時、私たち兄弟は、どうなるのだろう。信長公の長男・信忠様に仕えている長可兄様は、どうなるのだろうか。
 やはり殺される?
 それとも追放程度ですむだろうか。そうしたら、どこへ行ったらいいのだろう。もうすでに天下の大半は信長公のものだ。はるか北の地か、あるいは南の地か。
 ふいに目的の部星にたどり着いたので、意職を現実に引き戻すと、隣に立つ坊丸兄様と共に部屋の中央に置かれている机に近づく。今は誰も机の近くにはいない。室内にまばらに散らぱっているだけだ。
 取次ぎの依頼が記入されてる帳面をのぞき込んてみると、今日も蘭丸兄様への依頼はなかった。ここ数日まったくない。もちろん私や坊丸兄様への依頼などはまだ一度もない。
 時々、羽柴殿からの抜頼があるぐらいだ。この羽柴殿は、いつもひょうきんで、あまり偉い武将には見えない人だ。けれど蘭丸兄様を指名してくれるのだから、いい人だ。けれど今日は書かれていなかった。



(其の二)へ続く