手袋 ~1~

文字の大きさは、こちらで変えられます→ 小 | 中 | 大 |

手 袋

~ 1 ~

 壁から無数の手がはえている。見る者を呼んでいるように。
 手首から先が、帽子掛けに掛けられているようだ。
 テーブルの上にもすきまなく、びっしりと手が並べられている。棚にも並んでいる。机の上にも。閉め忘れられた引出しの中にも、びっしりと並んでいる。
 一面、手ばかりが並んでいる部屋だ。
 わずかばかりの間接照明しかない薄暗い部屋の中央に、ほっそりとした人影が立っていた。黒く沈んだその姿の中で、白い顔と白い手だけが光を反射して浮かび上がっている。
 義兄の美しい形の整った白い長い指、薄い形のいい手のひら、桜の花びらのような色合いの優美な爪もある。部屋の中に無数に存在する手の中で、義兄のその手が、一番魅力的だと俺は思った。その義兄の美しい手が、数多くのさまざまの手を優しく撫でて、手入れをしていた。
 義兄はそれらの手のうちの一つを両手で包み込むように取り出すと、そっと頬に押し当てた。うっとりと目を細めている。俺は、そんな義兄の姿に、いつも、うっとりと見とれるのだった。いや、正確に言えば、そっと音を立てずに開けたドアから、こっそりと覗き見ていたのだ。
 「義兄さん」
 そっと俺は声をかけた。
 「ああ、義弟殿か」
 義兄はやさしい表情を浮かべて俺の方を振り向いた。頬に押し当てていた手を、元の位置にそっと置く。
 「何か用かい」
 義兄は音もなく俺に近づいてきた。俺は義兄を通すために体をずらした。義兄は廊下に出ると後ろ手にドアを閉め、ダイニングに歩いてゆく。俺も黙って後を追った。
 人と接触せず、他人のから探られないためには、住人と管理人が頻繁にかわる街中のマンションがふさわしい。
 マンションと言うと明るい光が差し込んでいるイメージがあるが、義兄の家は窓も壁も光沢のある厚い布が掛けられていて室内は薄暗い。けれどダイニングだけは普通に明るい光が差し込んでいた。窓にも壁にも暗いカーテンが掛けられていないからだ。だから義兄とはいつもダイニングで話をした。他の部屋はすべて暗闇だ。そして、ひんやりとしている。まるで冷蔵庫のように。体が弱くて年中長袖のシャツを身につけている義兄の体には悪いと思うのだが、弱々しく青白い顔をした義兄の雰囲気には、奇妙なほどにぴったりとしている家だった。だが義兄の家というだけではない。
 この家は手袋保管庫なのだ。

 「職人の手が一番好きだ」
 いつだったか義兄はそう言った。
 義兄の家には無数の手袋がしまわれている。ただの手袋ではない。
 義兄は手を切り落として収集している。自分の手にはめられるように手袋のように中身をくり抜いて加工してあるのだ。
 この家にはどんな手でもそろっている。いや、まだまだそろっていない手がたくさんある。完全に揃えるのが義兄の夢だそうだ。
 鍵開け師の手。ピアニストの手。大工の手。霊能者の手。園芸士の手。軍人の手。
 なめし革職人の手。裁縫師の手。工人の手。医者の手。薬剤師の手。芳香士の手。
 手品師の手。料理人の手。学者の手。小説家の手。詩人の手。画家の手。彫刻家の手。
 武術家の手。剣士の手。園芸家の手。按摩師の手。美女の手。盲人の手。
 泥棒の手。スリの手。強盗の手。人殺しの手。首切り役人の手。墓堀りの手。
 過去の手。現在の手。黒い手。白い手。茶色い手。褐色の手。老人の手。若者の手。
 偽善者の手。道徳者の手。慈悲深い者の手。背徳者の手。動物の手(前足?)。人間の物には見えない手。
 これらの中でも特に一流の手を揃えている。
 手には歴史が刻まれている。特にその職歴や趣味歴が。それが手を美しく形作る。筋肉のつきぐあい。指の太さ。手の厚み。関節の形。爪の形。肌や爪の色。
 手は、いろいろなことを覚えている。手に染みついた記憶。
 この手たちをはめれば、どんなこともできる。
 ぎゅっと、皮の手袋を義兄がはめる。これが仕事の始まりの儀式である。
 はめられた手袋は生きた人間の手そのもの。まるで区別がつかないほど自然だ。
 どんな形や大きさの手でも義兄の手にはめることはできる。ただし内側の肉の削ぎ落とし方が違うために、どれも義兄の手にぴったりとはまるように調整されていた。
 義兄は、これらの手袋をはめて、どんな仕事でもこなしていた。時には義兄の手袋を買いにくる客までいる。何度か見かけたことがある。
 死んだ姉も知らなかった義兄のその奇妙な職について俺が知ったのは、ほんの偶然からだった。
 なぜこんな仕事をしているのか不思議に思って聞いたことがある。すると義兄は形のいい眉を悲しげに寄せてつぶやいた。
 「技術を惜しんでいるんだよ」
 「技術?」
 「ここには失われた技術のすべてがある」
 義兄はぐるりと頭を回して室内に目を向けた。
 「失われた音楽、失われた香り、それらと同じ記憶できない失われた技術を保つ方法だ」
 まるで詩の一節を生み出しているかのように、義兄は静かに言葉をつぶやく。

 生前身につけた技術を記憶している手たち。
 これらの手袋をはめれば、どんな職でも一流の腕を身につけることができる。俺ははめてみたかった。何でもできる魔法の手袋を。義兄のほっそりとした白い美しい手にはめられる手袋たち。はめられた手袋たちは奇跡の技を起こす。どれも究極の技を身につけた手たち。
 はめてみたいじゃないか。
 けれど義兄は静かな目で、しかしきっぱりと言う。
 「決してはめてはいけないよ」
 それが義兄の言葉だった。
 何故はめてはいけないのだろう。誰がはめても同じような魔法の技を起こせるんじゃないのか? 義兄自身の方に奇跡の原因があるはずがない。手袋の方が原因のはずなのだ。だって一人の人間が、あんなにもたくさんの技に通じることができるはずがない。それに第一、義兄は他人には手袋を売っているじゃないか。
 俺は大いに不満だったが、義兄に嫌われたくないために、黙って言いつけに従い続けていた。その代わり義兄は手袋を買いに来た客が来ても、俺を追い返さないようになった。俺は義兄の仕事をまた少しだけ知ることができて満足だった。

 また手袋がひとつ売れた。
 それは慈悲深い者の手だった。

 それにしても義兄から手袋を買っていく連中は、何のために手袋を買って行っているのだろう。何に使っているのか。
 俺はいつもそれが不思議だった。だが買われていった手袋が、どう使われているかにはこれまで興味がなかった。けれどある日、知った人間が手袋を買っていってから、急に気になりはじめた。
 もっとも知った人間と言っても、向こうは俺のことを知らない。知っていると言うのはテレビで見たことがある有名人と言う意味だ。それでそれまでは名前と顔程度を知っているだけで興味もなかったのだが、それ以来、俺はその有名人をテレビで見かけると気にとめるようになった。雑誌でも目を止めるようになった。
 その有名人とは強欲で有名な若き青年実業家の米倉浩平だった。いわゆる一代で財を築いた人物というやつだ。かなり裏の世界とも通じていて、卑怯な手を使い事業を拡張してきたという噂がたえない。顔はなかなかの二枚目で写真うつりはいいが、強欲で冷徹だというイメージが常につきまとっていた。
 最近になって慈善事業も展開するようになったが、誰も米倉浩平が本気で心を入れ換えたとは思っていなかった。あまりに悪い印象を払拭するためのポーズだと言うのだ。大枚を使って、良い印象を人々に植えつけようとしていたが、長年に渡って行ってきた強欲なやり口は、そうそう簡単に人々の記憶から消えるものではなかったのだ。
 そんな米倉浩平が、慈悲深い者の手を買っていったことに俺は興味を覚えた。義兄が持っているこの手袋たちに、どの程度の効果がある
のか「自分の目で」確かめたくなったのだ。今までは義兄が目の前でさまざまな手袋をはめて、いろいろな技を見せてくれたことによって手袋の能力を判断していたのだが、俺はやはり義兄が万能なのではないかという疑いも、完全には払拭しきれていなかったのだ。
 だから今回のことはチャンスだった。
 俺はテレビや雑誌で米倉の記事に注目するようになった。

 あいかわらずのやらせ記事。「事業家米倉浩平氏、奨学金を援助。身寄りのない子供たちにも進学の道を開く」「孤児院にクリスマスケーキの贈り物」「養老院を慰問」「難病治療へ基金設立」と言った具合だ。せいぜい1頁ですむ記事をフルカラーで四~五頁も使って、詳しく書いている。雑誌の取材による記事ではなく、米倉が雑誌のページを買い取って自分で記事をつくらせているのだ。広告を行っているようなものだ。
 別に行っていることには俺は文句はない。世の中には米倉が慈善事業を行うこと自体が悪だと文句を言っている奴らもいたが、俺は米倉が慈善事業を行うことは、けっこうなことだと思っていた。けれど、これらの慈善事業をしたからといって、米倉の悪名が払拭できるとは到底思えなかった。悪名が拭いされるとしても、何十年もかかるはずだ。
 ところが変化は急激だった。
 まるで米倉が、慈悲深く、思いやりがあって、優しく、懐の深い人物であるという印象が、流行が広まるように人々の脳裏にインプットされていった。まるで新製品の広告キャンペーンが大成功をおさめたかのようだ。
 これが手袋の効果か、と俺は感じた。それとも今までの米倉の慈善事業への努力が、一度に実ったのかは断定できなかった。

 米倉が事故にあった。以前、米倉に買収された会社の元社長が米倉を刺したのだ。重体だと報じられている。米倉の過去の悪行が人々の記憶によみがえった。

 米倉の死亡記事が載った。

 米倉が全財産を慈善団体に寄付すると言う内容の直筆の遺言書が、病院で書かれていたことが報じられた。どうやら死ぬ直前に書いたらしい。米倉の死体の胸元に乗っていたと言う。人々は米倉の行為を褒めたたえた。自分の死を自覚しながらも困っている人々のことを考えていたという米倉の慈悲深い心に。
 このことを話すために義兄の家に行ってみると、義兄は乾いた黒い血で汚れ、皮は擦りむけ、ところどころひどく裂けた手袋を丁寧な手つきで修理していた。



第2話へ続く