手袋 ~3~

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手 袋

~ 3 ~

 また手袋がひとつ売れた。
 それは名探偵の手だった。

 短く髪を刈り上げた、ボクサーのような体格をした大男だった。目つきが険しく凶悪そうだ。きつめの上着からもりあがった筋肉が見え
る。力には自信がありそうだ。
 「どんな手袋がお好みですか」
 男よりも頭一つ分低い位置にある義兄が、穏やかな口調で男にたずねる。
 「裏切り者を探せるやつだ」
 男は低くかすれた、相手を威圧するような声を出した。けれど義兄には何の効果ももたらさなかった。
 「スパイですか」
 「力仕事は俺で十分だ。どいつが裏切り者か見つけ出せる能力さえあればいい」
 「ではこれなどいかがでしょう」
 義兄は一組の手袋を丁寧な手つきで男に見せた。
 「これは?」
 「探偵の手です」
 「探偵は推理力が決め手だろう。つまり脳みそってことだ。手なんか、何の役に立つって言うんだ?」
 「犯人を捜し出し、指さして、指名する名探偵の手です」
 「それでいい」
 男は名探偵の手袋を買っていった。

 「今の男は? なんか凶悪な雰囲気だったけど」
 俺は男が帰るとすぐに義兄に聞いてみた。
 「殺し屋。いや始末屋、かな」
 義兄は興味なさそうに言った。ティーカップを出してお茶を入れる用意を始めた。
 「そんな奴らにまで協力するのか?」
 「名探偵自身が退屈しのぎに働きたいと言ったんだよ。最近出番がなかったからね」
 義兄は香りのいいハーブティーを入れながら答えた。ラベンダーの香りが広がる。
 また手袋の意思か。
 人間は手袋の技を利用しているつもりだろうが、実は手袋に利用されているのは人間の方なのではないかと思えてきた。

 くくっと男は嫌な声で笑った。
 「いい手だな」
 また義兄の元に、名探偵の手を買った殺し屋が姿を見せた。掌でナイフを受けたために手袋が破れたから修理に来たのだ。
 「あなたの仕事に役立ちましたか」
 義兄は、殺し屋と俺の方に背中を向けながら、手袋を修理し続ける。
 「ああ、十分すぎるほどだ。これだけ役に立った相棒は今までいなかったな」
 殺し屋は太い腕を組み、壁に寄り掛かった姿で修理が終わるのを待っている。
 「何人くらい犯人を指摘したんです?」
 「7人だ」
 つまり7人も殺したと言うことか。俺は義兄が、こんな殺し屋にかかわることが不快でしょうがなかった。自分の気持ちを抑えるのに苦
労する。優れた能力を持つ手袋は、もっと世の中のためになることに使って欲しかった。そうでなければ義兄が悪人になってしまう気がし
てしょうがなかった。義兄を悪人にはしたくないのだ。
 「終わりましたよ」
 義兄が静かな声で言った。
 義兄の手に乗っている名探偵の手は、どう修理したのか傷痕どころか、まるで縫い跡も見当たらなかった。殺し屋も、そのことをいぶか
しんだようだったが、まあ仕事に差し支えなければ、どうでもいいと言うように手袋をつかむと帰っていった。
 これからまた仕事なのか。
 俺はいまいましくて、消えてしまえと男の後ろ姿を睨みつけた。

 奴こそ破滅してしまえばいい。もし手袋が使った人間を「必ず」破滅させるものだとすれば、このまま放っておけばいい。けれど本当に手袋が「必ず」使用者を破滅させるものなのかどうか、俺にはわからない。
 放っておいても、あの男はいずれ手袋に破滅させられるか? だが名探偵の手だ。ターゲットを指摘することに喜びを感じているかもしれない。事実、義兄は名探偵の手が退屈していると言っていたではないか。いや誇り高い名探偵なら、自分が指摘した犯人が必ず殺されることには耐えられないはずだ。それとも探偵と言うのは、犯人探しが楽しいのであって、犯人がその後どうなろうと興味ないものなのか?
 いくら考えても結論は出なかった。
 俺は手袋を取り返すことにした。

 街を縦横に走る大小さまざまな道。けれど昼間でも一般人が無意識的に通らない道がいくつも存在している。大抵は小さな道。狭い道だった。裏道というやつだ。俺は名前も知らない殺し屋の姿を探して、そんな道を夜中徘徊した。何としてでも捜し出してやる。

 やっと見つけた。人通りのない場所までつけていくことにする。俺の望みどおり、だんだんと人通りが少なくなり、やがてまるで人の気配はなくなった。男がゆるゆると振り返って言った。
 「手袋屋の店員が何の用だ?」
 そこで俺は、俺がつけている殺し屋が、俺を人けのない場所まで誘い出したのだと気づきはじめた。
 「なんで俺がわかった?」
 「尾行も、犯人の正体を知るのも、名探偵の役目だからな」
 殺し屋は醜悪な顔で笑いながら、ポケットに入れられていた両手をあげて、俺の方に見せた。すでに名探偵の手袋がはめられている。
 俺も喧嘩には自信がないわけじゃないが、相手とは格が違った。男はかなり経験、それも俺にとっては運の悪いことに、あきらかに効果的に人を殺すための実戦を積んでいた。俺は相手を痛めつけるための経験しか積んでいない。
 男の太い大きな指が俺の首を取らえた。
 罠のかかる音がした。
 男は俺の首を締め上げる。
 意識が薄れていく。このままでは本当に死んでしまう。
 そう思った時、義兄の声が聞こえた。かろうじて自分の意思で動かすことのできる目だけで周囲を探してみると、義兄のほっそりとした姿が、こっちに向かって走ってくるのが見えた。
 ほっそりとした弱々しい細身の体。青白い顔。白い手もほっそりとしている。どうみても丈夫には見えない。まるで人形のように生気が感じられないのだ。だが義兄はただ単に体が弱いのだろうと俺は思っていた。
 だから喧嘩が強いとは思っていなかった。しかも相手はプロだ。だから義兄が俺を助けに来たのだろうとは分かっても、かえって怪我をするだけだから逃げろと言いたかった。しかし俺は首を締め上げられていて言葉を発することができない。
 事実、俺を痛めつけている相手も、弱々しい義兄などは、片手で振り払えば十分だと思ったらしく俺の首をしめることに集中した。義兄の片手が男の肩に触れる。その手は、いつもの義兄の白いきれいな手ではなかった。
 土気色の節くれだった長い指。指先の紫色がかった爪はどれもアーモンド型で、しかも先がするどくとがっていた。手袋をしているのだと俺はすぐにわかった。
 その手が男の肩に触れたように俺には見えたが、男は喉の奥で苦しげな音を立てて、俺から手を放し義兄に向き直った。だがその瞬間、義兄のするどい爪先が相手の喉に食い込む。まるで柔らかい粘土を握っているかのように相手の首が、いびつな形に変形する。義兄はそのまま自分よりも頭一つ分は高い大男を軽々と片手で持ち上げると、相手の首を握りつぶした。ごきりと嫌な音がする。血が吹き出す前に義兄は相手の体を、ゴミでも捨てるように軽々と遠くに投げ捨てた。
 「大丈夫かい?」
 義兄は体力を消耗して、まだ道路に座り込んで息をしていた俺のすぐ側に膝をつき、俺の顔を心配そうに覗き込んだ。
 「ああ」
 俺のいぶかしむような視線に気づいたらしく、義兄は自分の両手と俺の顔とを見比べると、にっこりと微笑んだ。
 「力持ちの手だよ」
 なるほど。けれど俺はその手に見覚えがあった。確かに義兄はその手袋を別の名で呼んでいた。しかしそう反論するだけの元気はなかった。

 やっと体力を回復した俺は、義兄と共に死んだ男の体に近づいていった。男の手にはめられたままの手袋を回収するためだ。
 「どうして俺のことが分かったんだ?」
 「危険を知らせる手が、君が危険だと教えてくれたんだ」
 義兄は死んだ男の両手から名探偵の手を引き抜き、ポケットにしまった。
 「それだけか?」
 「探偵も退屈していたみたいだし」
 「どういうことだ?」
 「殺し屋の探す犯人は、どれも簡単にわかるものだったから、名探偵には退屈だったみたいだからね」
 義兄はにっこりと無邪気な笑顔を見せた。
 「何故そんなことがわかる?」
 「修理した時、名探偵が言ってた」
 これも手袋による破滅、か?

 義兄から手袋を買った人間は、最初はその能力を発揮して栄光をつかむけれど、かならずその後、手袋によって破滅させられている。このことを俺は確信した。
 では何故、義兄だけが破滅しないんだ?

 「なぜあなただけ破滅しないんだ。手袋をはめた者は、みんな破滅したというのに」
 俺の質問に、無人の深夜の公園の中で義兄は立ち止まって俺を見返した。
 そのまま義兄はしばらく無言でいたが、やがて白い美しいその両手を俺に差し出した。そのまま何も言わない。
 俺は、義兄のその行動の意味が分からずとまどった。だが、何となく俺の前に差し出された白いきれいな手を見ていたら、無意識的にその両手の細い指先を握っていた。
 すると「それ」は、するりと外れたのだ。
 はずれた両手の先には、何もなかった。手首から先がない細い華奢な腕だけ。俺は義兄の顔と外れた白い手首を数度見比べた。義兄は静かにあいかわらず優しい笑みを浮かべている。
 そうか。義兄は手袋をはめる両手さえ、なかったのだ。だから手袋たちに取り殺されなかったのか。そう納得しかけたその時、俺は義兄の手が手袋ではないことに気づいた。中が空洞になっていない。これは肉を持った手そのものだ。
 手袋じゃない?
 じゃあ、この手は義兄自身の手なのか? だけど生きている人間の手そのものだ。人工の義手なんかじゃない。
 その時、俺の手の中の義兄の白い手が、俺の手を握った。ぞくりと恐怖が全身を一瞬で凍らせる。動けない。ただ心臓の動悸だけがひとりで激しくうごめいている。どうなるんだ? 殺されるのか?
 義兄の腕から離れているにもかかわらず、この手は動くのだ。
 「この手はね、手袋管理人の手だよ」
 義兄はいつも通りの静かで落ちついた声でそう言った。
 「手袋管理人?」
 俺は聞き返した。
 俺はもっと説明を必要としていた。けれど義兄はそれ以上は何も言わなかった。黙って俺から自分の両手を取り返すと、何事もなかったかのように両手をはめ、さっさと先に歩いて行ってしまった。
 俺は黙って義兄の少し後ろをついてゆく。そのまま考えていた。
 手袋管理人と言うのは何だ? とりあえず考えてみた。
 死んだ人間の手自体を加工しただけで、生前の能力を発揮するなんてことがあるはずがない。だとすれば手袋管理人の手というのを、どこかで手に入れてから、あんな風に他の人間の手を手袋にして使えるようにできるようになったと言うことか?
 だとすれば、どこで最初に手に入れたのだろうか。手袋管理人の手を。まだ若い義兄の前にも手袋管理人は存在したのかだろうか。なぜなら手袋の中にはかなり古いものも存在している。中世の吟遊詩人の手まで。だからこそ楽譜がないゆえに消滅してしまった古き歌をも義兄は奏でることができる。
 さらにミイラ化した手袋も持っている。これは太古のものだという。太古の神官、魔術士の手だと。そんなにも古い手を義兄が「生きて」集められたはずがない。人間の寿命がそんなにも長いはずはないからだ。
 そう。人間ならば。
 俺は、はたとある考えに思い至り、義兄の弱々しい細い体に目をやった。
 常々俺は義兄の姿を、どこか現実感なく感じていた。体が弱いためだろうと、これまでは思っていたが。
 いつだったか義兄は、これは吸血鬼の手だと言って、ある手袋を見せてくれたことがある。殺し屋を絞め殺した紫の爪の手だ。俺が「まさか」と言うと冗談めかした笑顔でそのまま何も言わなかったが、ひょっとして、あれは本当のことだったのか。
 だとすれば、義兄は人間なのか? 手袋を集める種族がいてもおかしくはない。加工した手によって相手の能力を手に入れる一族がいたとしてもおかしくはない。何千年もそうして生きてきた種族がいたとしてもおかしくはない。俺は、ひどく現実感のない義兄の青白い横顔を見て思った。
 「そう」なのかも知れないな。
 俺は一息をついた。気がつくと義兄の部屋の前だった。ドアの前で義兄が俺を見上げている。その目は、ひどく色素の薄い澄んだ色をしていた。まるでこの世のものではないかのような清らかな美しい色だ。
 俺は義兄のそんな目をじっと見つめていた。義兄は黙って俺を見返している。
 「俺もあなたの仲間になれるか?」
 俺はそう言って両手を義兄に差し出した。義兄は何も言わずに、手袋保管庫であるマンションの扉を俺の前に開けた。

      終わり