映像都市2

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映像都市

~2~

 先に部屋に入った男は、振り返って二人が入るのを待ち構え、にこにこと笑みを浮かべながら自慢げに、ビクトリア様式だと言う豪奢な室内に二人を招きいれた。
 「さあ、そこにでも座って、ゆっくりしていてくれ。わたしは用意してくるからね」
 男は、うれしそうに小踊りしそうな仕草で太った体を揺すりながら出て行った。
 ボウは見たこともない色彩あふれる室内装飾に次々と目を奪われ、夢中で見惚れてしまっている。あちこち広い室内をいそがしく動き回っている。ここに何しに来たのかなど、すっかり忘れてしまったようだ。
 そんなボウの様子を見て、予想通りだとヒュイはあきらめ顔だ。そっとため息をもらすと気を取り直して室内の様子を観察し始めた。
 ・・・何度見ても、吐き気がするな。
 実はヒュイは、映像コレクターの家に入ったのは、これが初めてではなかった。
 壁をすべて隠す程に埋めつくされたライブラィの書架。そして、ずらりと並んだ記憶片の列。これらは、どのコレクターの家に行っても共通している。
 壮観なライブラリィだ。うやうやしく並べられている。このいまいましい煩悩の塊の集めた知識の断片なんて、ぞっとする。
 まったく誰も彼もが記録を集めたがる。ヒュイは、友人のことを思い出して、室内を嬉しそうに興味深げに見ているボウの姿に目を向け、いまいましそうに顔をしかめた。
 メモリーを埋め続けて何になるんだか。貧乏人のメモリーは配給制なのだから、死んだら政府に回収される。回収されたメモリーは入っている情報を消去した後に、新しい人物に配給される。
 だったらメモリーを埋める作業に一生をつぎ込むなんて、馬鹿げてるじゃないか。
 ヒュイは皮肉な笑みを浮かべた。
 この世界の・・・文明の本質は・・・・
 
 ・・・まったく悲劇的だな。

 「またせたね。支度はできたよ。けれど、その前に私の友人に、君たちを紹介させてくれないかい。さあ、こっちだよ」
 男はボウたちの返事をまたずに、二人の後ろにまわりこみ、背中を押すようにして部屋から二人を押し出した。そのまま、ぐんぐんと二人の背中を押して、強引に廊下を進ませる。
 階段を下りている時に、ヒュイは少しばかり足をもつれさせて、よろめいたボウの手をつかみ、反対の手で手すりをつかんで体を支えた。
 その茶色い木製に見える手すりに触れた瞬間、ピリッと電気が流れるような感じがした。最新の感触を楽しめる映像だ。ヒュイは顔をしかめた。
 触れたからって、何だって言うんだ。これが何の感触なんだか、僕には分かりはしない。生まれた時から、触ることのできた素材は限られたものだけだ。それなのに、これが木の感触だと、絹の肌触りだと言われても、わからない。やつらだって知らないだろう。なのに知っているふりをしている。
 「ありがと、ヒュイ」
 あやうくころぶところだったボウは、ヒュイにお礼を言う。その声にヒュイは、我に返った。まだ、つかんでいたボウの手の感触が温かくて、やわらかくて心地よく感じたので、反射的に力をこめてしまう。離したくないと言うように。
 ・・・この感触は、よく知っているけれどな。とても・・・やわらかい。
 そう思いながらも、廊下をどんどん進んでゆき、やがていつのまにか男は二人の背中を押しておらず、二人の目の前の扉を開けて、二人を待ち構えていた。
 「紹介しよう。私の友人のプレン・イスカだ。体が弱くてね、外に出ることはできないんだ。イスカ、こっちが新しい小さな友人のボウ君とヒュイ君だ」
 促されて室内に入ってみると、部屋の中央に純白の髪の毛の人間が座っていた。まだ若く、大人にまではなっていないが、もう大人に近い。
 床にまで流れ落ちるほど長い白い髪の毛。まるでマントのように彼のまわりに広がり、彼の体を包み込んでいる。やさしい顔立ち。細い体。立てるのだろうか。床に置かれた布の上に座り込んでいる。
 入ってきたボウたちを見ると、二人を見て静かにほほえんだ。
 ボウは、そのきれいな表情に思わず鼓動が速くなり、緊張してしまう。思わず、言いよどんでしまっていると、青年はゆっくりと微笑み、テーブルの上に置かれたグレッサンドのハッカパイを二人に勧めてきた。こってりと甘すぎるほどに甘いのに、後味はすっきりとしている稀少品だ。
 「知っているみたいだね。よかったらどうぞ」
 ブレン・イスカと紹介された青年は、鈴のようなきれいな声で話しかけてきた。
 「さあ、さあ、二人とも遠慮しないで、ブレン・イスカの側へ座ってやってくれないか。ブレン・イスカ、お二人をよく見てやってくれ」
 映像コレクターは二人の体を押し出すようにして、ブレン・イスカの前の床へ押し付けるように座らせた。そのことは少し不快だったけれど、ブレン・イスカがにっこりと笑って、グレッサンドのハッカパイののった皿を差し出してくれたので、ボウはすぐに忘れてしまった。
 目の前で、にこにこと微笑んでいる優しそうな青年と、気味の悪い映像コレクターとの共通点がまるで見つけられず、本当に友達なのかな、とボウはハッカパイをかじりながら分からないように、二人を見比べてしまう。
 似てるところなんて、まるでない。いや、ひとつだけある。映像コレクターは、この上ないほど上機嫌で、にこにこと笑いながらブレン・イスカとボウたちを見ている。そのまま時間が過ぎてゆく。
 いったいいつ僕らの映像を取るのだろう、とボウは気にしていたが、映像コレクターはそうしようというそぶりを、まったく見せないままに時間がすぎてゆく。なんだか、仕事もしないで、こんなふうにくつろいでいていいのかな、とボウは気にしてしまう。思わず室内を見まわして、話題を探してみる。
 すると壁にかけられている写真に気づいた。古い遺跡のようだ。山の山頂近くに張り付くように石の遺跡らしきものが見える。思わず目を奪われていると、それに気づいたのか、ブレン・イスカが優しく声をかけてきた。
 「その写真、気に入ったのかい? それはね、マヤ文明の遺跡の跡だよ」
 「マヤ? どこの国の文明ですか?」
 「地球の滅びてしまった文明の一つです。この遺跡は、不思議なことに街しか残されていないのです。生活の跡がないので、神殿跡ではないかと言われることもあります」
 「へえ、人間たちは、どこへ行っちゃったのかな。不思議だね」
 ボウは、人間消失なんて、まるでミステリだ、と思ってまう。そんなことが、街ごとなんて本当だろうか。ブレン・イスカにからかわれているのではないかと疑ってしまう。
 「記録は残ってないの? 歴史とか・・・」
 ボウは人が消えてしまった街に、興味を覚えて聞いてみる。
 「この文明は文字を持っていなかったんですよ」
 ブレン・イスカは、にっこりと微笑みながら答える。
 「文字がないの? じゃあ、すごく原始的なんだ」
 ボウは、がっかりした。写真の中に残されている石の遺跡のようすでは、かなり計画的な都市に思えて期待していたのだ。
 「そんなことはありませんよ。高度な数学、天文学的な知識がなければ、こんな立派な建物を造れたはずがないですからね」
 「そうだよね。でも、どうして文字だけがないんだろう」
 ボウは不思議そうな声を出す。
 そんな興味深い話に聞き入っているうちに、時間はどんどん過ぎていった。

 「映像コレクターって、噂ほどこわくなかったね」
 ボウは、めずらしいものが見られて、ひどくご機嫌だった。扇形の石畳の上を、軽い足取りで歩いている。
 「気づかなかったんだな。映像蒐集装置が家中にしかけられていたぜ。あいつは今ごろ、僕らの映像を宝石のように大切にあつかってるだろうよ」
 「え? どこに、そんなのあったの?」
 ボウは意外そうに声をあげる。
 「あらゆるところさ。天井、壁、床、椅子、テーブル、皿、なんでもさ。触れられる映像を映し出して、見えないようにはしてあったけれどね」
 「すごいな。そんなにも記録を取れるなんて」
 「感心することじゃないさ」
 ヒュイは、そっけなく答える。
 「だって、あんなにもたくさんの記録を持つことができるんだよ? ヒュイだって見ただろ。記録片が天井まで積みあがってた」
 「ああ、見たさ。悪趣味な眺めだったな」
 「どうして? 凄いと思わなかった?」
 そう不思議そうにつぶやくボウを、ちらりと見て、ヒュイは馬鹿にしたように言い捨てた。
 「ボウ。記憶片の媒体に使われているものって、何か知ってるかい?」
 「さあ」
 ボウは、そんなこと考えたこともなかった。記録片は記録片だ。記録片がなければ、何一つとしてできない。
 「・・・人間の髪の毛さ」
 「髪の毛?」
 聞きなれない言葉に、ボウはとまどい、それでも頭の中で何とかして理解しようと考えてみる。
 「そう。生きる人間のほとんどが、毎日放出し続けるもの。処理に困ったあげくの果てに使用法を思いついたと言うわけさ。これが一番安い記憶媒体に使われている。
 何を不思議そうな顔をしているんだい?
 そう。記憶をつかさどる人間の頭の部分から出てくるんだぜ。人間の記憶の化身さ。だから髪が伸びるにつれて記憶を失ってゆく」
 「そうなの?」
 どうしよう。もうたくさん髪の毛を切ってしまった、とりかえしのつかないことをしてしまったと、ボウは泣きそうになる。
 「気にすることはないさ。どうやったって、記録を永久に保つことなんてできないのさ」
 そっけないヒュイの口調に、ボウは胸に痛みを感じた。
 「できないの?」 
 ボウはヒュイのことを忘れたくはなかった。大好きな友人だから。大好きだから。
 「それであの人は、あんなにも長く髪をのばしているんだ。記憶をとどめておきたくて」
 ふいにボウは、映像コレクターの家で会った、プレン・イスカの白い長い髪を思い出した。それで、ヒュイのことを記憶しておくには、プレン・イスカのように髪を長く伸ばせばいいのだろうかと思いついた。
 「いいや、違うさ。彼は、あの金持ちに無理やり髪を伸ばさせられているんだよ。記憶をとどめさせるためにね」
 「何のために? どうして彼が、記憶をとどめさせられなくちゃならないの」
 「わからないのか? あいつはプレン・イスカに自分を見させているんだ。そうして自分の記憶を、記録として彼に覚えさせておこうと考えているのさ。記憶媒体として彼を使っているのさ」
 「ばかな」
 ボウには、とても信じられない。
 「ちゃんと、そのための市場もあるんだぜ。記録用の人間を売っているんだ。だから彼の髪は白かったのさ。遺伝子操作で作られたんだ。白色の髪は何年たっても色が変わることはないから人気なのさ。色が落ちると、記憶も薄れそうだろう? 本当は何色でも同じなんだけど、少しでも効果が高そうな方が人気が出るのさ」
 「でもまあ、髪はあくまでも保険だな。実際は彼の脳を使ってるんだ」
 「どういうこと?」
 「もっとも高級なメモリー媒体は、人間の脳なんだ。だから人間の脳を使っているのさ。けれどこのメモリーも本体が壊れれば、一緒に消滅する。永遠のものではない」
 「じゃあ、何のために僕らに彼を見せるなんて危険なことをしたんだろう。彼を閉じ込めていることは違法なのに。僕らがしゃべったら危険だとは考えなかったのかな」
 「違うさ。僕らに彼を見せたんじゃない。彼に僕らを見せたんだ。新しいコレクションに加える予定の僕ら二人を記憶させるために」
 「でも彼の頭の中から、どうやって僕らの記憶を取り出すんだい?」
 「あいつらは取り出すために記憶を集めてるんじゃないんだ。ただ集めるだけ、持っているという状態で満足できるんだから。たとえ脳だって、保存くらいはできるからな。ブレン・イスカが死んだ後、脳を取り出して保存して置けばいい」
 冷たく言い放つヒュイの口調に、ボウは少しばかり傷つく。
 「・・・でも、あいつらも、自分の記録が入っている脳さえ保存しておけば、自分の記録を未来の人間が、いつか取り出し、そして自分の存在を発見して欲しいと期待しているのかもしれないな。・・・過去の人間と同じように」



 映像機が壊れた。
 伝染性の破壊プログラムが街中の、そして人々が持つ端末機の中の記録をも消滅させた。
 街からすべての色と景色が消えた。そして白だけが残された。白い建物、白い道。
 真白な街。
 その白さは目が痛くなるほどで、発狂したり幻覚を見る人々が続出した。それは白が乱反射する恐ろしい光景だった。映像にかげりが出ないように常に真白に塗られ続けていた白い街。
 映像が途切れたとき、街だけでなく、人々の身につけている服も消えた。魔法が解けてしまったかのように、真白な囚人服のように。天使のように。
 真白き街で人々は死に行く。白き世界。太古の人々が空想したと言う天使の住まう天上の世界に似ていた。白き道には赤黒い血が流れていた。腐敗した死体が唯一の色を生み出していた。

 「僕たちは、いったい何を残せるのだろう」
 ボウは、初めて見る光景に、どう反応したらいいのかとまどっていた。すべてが白く、形もなく、色は死体の作り出す色のみ。人々がこよなく愛し、大切にしてきた建物も街並みも、失われてしまった。
 けれどそんな状態でも、ボウには話しかけることのできる友人がいた。そうでなければ他の狂った人々と同じく狂っていただろうと思う。
 「そう考えたことはないかい? 今回のことで気づいたんだ。僕らの文明では記録しか残すことはできない。けれど記録って何だろう。残るものなのかな?」
 ボウのひとりごとのような言葉に、友人はただ黙って白い街を眺めていた。それが答えなのだろう。

 映像が戻る。
 カタカタと音を立てて映像機がふたたび動き始める。映像が白き街によみがえる。白い道の上には優美な石畳の模様が映しだされる。固まってしまった鮮血の上も映像でおおわれ見えなくなる。
 白き服を身につけた人々も映像でおおわれてゆく。洒落たデザインの服が街を彩ってゆく。すべてを覆い隠してゆき、それはそれは美しい、過去に人々が憧れこがれた美しい街並みが映しだされてゆくのだった。まるで古い映画の映像のように。


 やがて映像も手入れをしてくれる者の存在しない時の流れの中で壊れ、消滅し、人々は死んでゆき、その死体も消え、白い箱のような建物も薄汚れ、崩れていった。まだ残っているのは崩れかけた遺跡のような街の景色のみ。汚れても、なお白い崩れた建物は、まるで古代遺跡を思わせる光景だった。
 後に、この街を発見した考古学者たちは、この街がどのような歴史と持ち、どのような文明であったのかについて、大いに悩むことになる。何の記録も残ってはいなかったからである。
 文字を持っていなかったのだろうか。だが高度な知識を持っていたとしか考えられない都市であった。計画的に劇場も公園も議会場も、学校も配置されている。それらは大規模な建物である。道路も放射線状に規則だって通っている。だが、それらの建物には何ひとつとして装飾もなく、ひとつの文字すらも見つからなかった。
 やがて文明の紹介にはこう書かれるようになった。「白い遺跡の文明。文字を持たないが、なんらかの方法で情報を伝達していたようである。高度数学、建築知識を持ち、水道すらも通っていたと思われる、大規模で本格的な都市を作っていた。
 だがどのような原因か、人々は日常品のひとつすら残さずに、この都市から姿を消した。すべての建物も道すらも純白に作ったこれらの人々は、自らの街を天界に似せようとしたのかもしれない。いまだこの文明の謎を解ける者はあわられない」。

     おわり