書庫

文字の大きさは、こちらで変えられます→ 小 | 中 | 大 |

書庫

書庫。

こんなものがこのホテルにはあるのか。
朝食後、少しだけホテルの廊下の絵を見ていたら、いつのまにかホテルの廊下で迷っていた。
意外に複雑な作りのようで何度も角を曲がるが、身なれた場所に出ない。
そんな時、突き当たった先の分厚い木製の扉の上に小さな文字を見つけた。
扉の周りを見回してみたが開館時間は書かれていない。
試しに、そっと重い扉を押してみると少し開いた。
どうやら入れるようだ。

思い切って重厚な扉を押し開ける。
音もなく扉は開いた。

足を踏み入れると左側にオーク製重々しいカウンターが見えた。
その奥にホテルの制服を身につけた礼儀正しそうな紳士然とした男が座っていた。
男は扉を閉め終えた僕を立ち上がって出迎える。

「どのような本をお探しでしょうか?」
男は丁寧な口調で問いかけてくる。
「いや、特に目的の本はないんだが」
勝手に本を見てはいけないんだろうか。
「ご職業をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「孤児院の経営だよ」
「それはご立派なお仕事ですね」
「そうでもないさ」
「今回の御宿泊は観光ですか?」
「いや、その孤児院に迎え入れる子を引き取りに行く途中に、たまには一人でゆっくりと過ごしたいと思って泊まってるだけだよ。なんせ、いつも大勢のやんちゃ坊主共に囲まれているからね」
「なるほど。大変そうですね」
「大変なのはどの仕事でも同じさ。違いは好きか嫌いかぐらいだと思うけどね」
「確かに」
何か男は重々しげに頷き両目を閉じる。
少し会話が途切れる。
「そうだな…一番大変なのは、捨て子の赤ん坊に名前を付けるときかな。せめて捨てるときに名前ぐらい付けて欲しいもんだよ」
「なるほど」
男は目を伏せたまま頷き、同意を示す。
「親の名前の一部とか、地名から一文字使った名前とか…成長した子供が自分の親を捜せる何かを残してくれたら、ありがたいんだが。突然変異で、この世に誕生した存在だと、赤ん坊の時に捨てられて親の記憶がない孤児達は自分たちのことを思い込んでいる。何か親との繋がりが少しでもあれば…親は自分を愛していたのだとわかるのにな」
いつのまにか独り言になってしまっていたことに気づいて、話を止めた。
いつも思っていることだから、ついしゃべりすぎてしまったようだ。
男はまっすぐにこちらを見たまま黙っていたが、突然口を開いた。
「少々お待ち下さい」
そう言って男はしばらく書庫の奥へ姿を消し、しばらくしてから1冊の方を手に戻ってきた。
「では、こちらの本などいかがでしょう」
手渡された本の表紙には『365日の名前の本』と書かれていた。



客室紹介へ戻る