123号室

文字の大きさは、こちらで変えられます→ 小 | 中 | 大 |

ユリ・シリーズ


 ホテル『胡桃割り館』一二三号室。
 以前、本を読んだ時に、そう書かれているホテルの便箋を三つ折りにしたものを、栞がわりに使っていたらしく、ページをめくった途端に便箋が膝の上に落ちてきた。その便箋を指でつまみあげた瞬間、前々から気になっていた疑問が甦ってきた。
 「社会派ミステリィと、本格ミステリィって、どう違うんだと思う?」
 ユリは読んでいた本から顔をあげて、目の前のソファで同じように本を読んでいる友人に尋ねた。
 「探偵役が、まともな奴か、一癖ある奴かの違いじゃないか」
 ちら、と一瞬、藍色の目でユリを見ると、すぐに本に目を戻して友人は言った。
 「なんだよ、それ?」
 「性格が変わってるか、人格が奇怪しいか、恰好が奇怪しいか、行動が予測不可能か、言ってることが変わってるか、そんな連中が探偵役なら本格だな」
 「じゃあ社会派は?」
 「男女の別なく、まともな恰好。まともな行動。だけど事件には首をつっこむ。おせっかいか、好奇心が旺盛って、よく表現されてるな」
 「違いって、それだけ?」
 「肩書に、何か大げさな称号か、変わった形容詞がつくのが本格探偵。まともな職業がくるのが社会派の探偵役」
 「たとえば?」
 「本格なら一番多いのが『名探偵』。社会派なら、『警部』『刑事』『弁護士』『検視官』『新聞記者』『カメラマン』『旅行作家』『作家』『先生』『学者』『教授』とか、そういう感じだな。あとは考えてくれ」
 「ミス・マープルは、どうなるんだよ? 本格じゃないか」
 「古典だろ? 現在の本格と社会派の違いについての違いだ。それに、俺は口から出任せを言ってるだけなんだ。気にするな」
 読んでいる本から一度も視線をあげずに友人は言った。
 「なんだよ、それ?」
 「読書に忙しいってことだ」
 ユリをなだめるような口調で、友人は答える。
 からかわれたのだ。まともに聞いていた自分が馬鹿だったと腹が立ってきたユリは、思わず手元にあったクッションを本を読んでいる友人に向かって投げつけると、立ち上がって後も見ずに自分の部屋に向かった。
 まあ、怪我をするような攻撃ではなかったけれど、いちおう逆襲をして、多少は気分が晴れた。さっさと本の続きを読んでしまおう。ユリはそう思った。



客室紹介へ戻る

ユリと藍色の目の同居人の生活を、もっとのぞいてみたいと言うあなたは